漆黒に染まった銀弾:1

どこにでもある、日曜日の午後。毛利小五郎は昼間から酒を飲み、競馬新聞を広げてなにやら上機嫌。蘭は園子たちと映画を見に行くと言い、出ていったばかりだ。
特にやることもないので、部屋を簡単に掃除し、小五郎の空けたビール缶を片付けていたのだが、潰せる時間はたかが知れている。
博士のとこにでも行こうかな…
そう考え始めた矢先だった。事務所の呼び鈴が鳴らされたのは。
「げっ、依頼人か?」小五郎は顔を歪め、息を潜めた。「おい、コナン、物音立てるなよ…静かにして」
「はーい!」
小五郎の思惑など無視して、元気よくドアを開ける。こんなに退屈してるのに、居留守などしてたまるか。背後で小五郎が慌てて酒や新聞を片付ける音が響いていた。
訪れた依頼人は、クラウディオ・カーターと名乗った。イタリアの生まれで、ニューヨークで育ったのだという。日本語が流暢で小五郎も助かったが、たまに言葉につっかえる辺り、生い立ちに嘘はないようだった。
「息子を探しています。もう二十年以上探し続けていますが見つかりません。たくさん探偵も会ってきましたが、見つかりません」
「に、二十年…ですか」小五郎が及び腰になっているのがわかった。「ずいぶん長いこと探されているのに見つからないってなると、それは、そのぉ…」
「息子さんはどうしていなくなっちゃったの?」
依頼をそれとなく断りたいだろう小五郎の言葉を遮り、コナンが尋ねる。クラウディオは長いまつげを伏せて、眉間に皺を寄せた。
「妻が…妻が彼を連れて、いなくなったんです」
「奥さんが…つまり、離婚されたということですかな?」
「いえ、私と妻は籍を入れていませんでした。その時いたのはイタリアだったのですが、籍を入れないまま子供を生むカップルも珍しくないですし、権利も入籍した夫婦と同じように与えられましたから」
クラウディオの話をまとめると、こうだ。
妻の名はサクラ。日本人女性で、科学者として有名なようだったが、彼女は所属していた研究所を辞めて、イタリアに長期滞在していた。そこでクラウディオと知り合い交際し、例の息子が生まれのだという。
「子供ができた時、籍を入れようかと提案もしたのですが、断られました」
彼女は申し訳なさそうに、しかし切迫した様子で打ち明けたそうだ。
[わたし、あなたに出会う前、本当は犯罪組織に加担していたのよ。やっとの思いで逃げてきたけれど、きっとあなたにも危険が及ぶわ]
それを理由に別れを告げられたが、クラウディオは、殺されても構わないと断固拒否し、必ず幸せにすると約束し、彼女と籍を入れぬまま夫婦生活を始めた。
しかし息子が五歳になる直前、サクラは息子を連れて姿を消した。必死に捜したが見つからないまま、あっという間に一年過ぎてしまい、とうとう…
「妻のサクラが、無惨な死体となって発見されたことを、知人に教えてもらいました。ニューヨークの新聞に大々的に載った事件にも関わらず、未だに犯人は見つからないまま…」
クラウディオは鞄から、当時の新聞記事をスクラップしたノートを出した。記事の内容に目を通すと、拷問を受けたと思われる傷跡がいくつかあり、極めつけにピストルで一発、喉元を撃ち抜かれていた。
「息子のジンのことを警察にもFBIにも話したのですが、彼らも息子のことはわからない、と」
「え、ジン?」
コナンは目を丸くして驚いた。クラウディオは力なくうなずき、スクラップノートのページを繰った。
「これが息子のジン…サクラの籍に入っているから、黒澤陣、と名乗っているはずです」
若い頃のクラウディオと、色素の薄い銀髪の少年が、笑っている。コナンはホッとしたと同時に、自分に苦笑する。
んなわけねぇよな…俺の思ってるジンとは似ても似つかねぇや…
「こんなことを言うと気を悪くされるかもしれませんが…実は手当たり次第依頼して回ってるんです。もう藁にもすがる思いで…サクラを失ったわたしにはもう、このジンしか拠り所がなく…その代わり、見つけてくださった暁には、成功報酬に糸目をつける気はありません。一千万でも、一億でも」
「い、い、い、い、い、一億うぅぅ!?」
大袈裟な声で驚愕した後、小五郎は目を輝かせて身を乗り出した。
「わっかりましたぁ!!この毛利小五郎、探偵の肩書き賭けてでも必ず見つけてさしあげましょう!!」
「あ、ありがとうございます!!よろしくお願いします!!」
手にも入ってない一億を想像して高笑いする小五郎を横目に、コナンはスクラップノートのページ全てに目を通した。
黒澤サクラの死亡記事が半分ほどを占めているが、後半の記事に引っ掛かった。未解決のテロ事件が並ぶ中、灰原の姉である、宮野明美が起こした事件の記事もあったのだ。
もしかして他の記事も黒の組織に関連しているのか…?西多摩ツインタワーの爆破事件まであるじゃねぇか。
小五郎に依頼を受け入れてもらい、ホッとした様子のクラウディオを見つめる。
この男、いったい何者なんだ?