漆黒に染まった銀弾:2

翌日、放課後。阿笠邸。
「クラウディオ・カーター!!Dr.カーターのことかね?」
コナンがコピーして持ってきたスクラップノートを見ながら、阿笠博士が意気揚々と言ったので、コナンと灰原は少し驚いた。
阿笠博士、クラウディオさんのこと知ってるのか!?」
「あ、いやぁ、知り合いではないぞもちろん。じゃが有名な人じゃよ。大学院で科学者として遺伝子の研究をしていたが、医者に転向してな。たしか、イギリスの王室にも呼ばれたことのある名医じゃよ。医者といっても、美容外科じゃがな」
灰原は少し険しい顔でスクラップノートをめくるが、その顔つきに、組織の人間に対する時の恐怖のようなものは見られない。コナンは阿笠博士のパソコンで、黒澤サクラが殺害された事件について検索をした。
「灰原、見ろよ」
彼女は素直に画面を覗き込む。
「黒澤サクラの内縁関係だった男がそのDr.カーターだったってことは、事実みたいね。彼が行方不明になってる息子を血眼で探し回っていることも、あっちでは有名な話みたい」
クラウディオはインターネットでも息子の情報を募っているらしく、彼に提示された銀髪の少年の画像が出回っていた。阿笠博士が話してくれた彼の経歴についても、詳しく書かれている。
「さっきも話したが、この黒澤サクラがクラウディオさんに打ち明けた、過去に犯罪組織に加担していた、ていうのが妙に気になってな…しかも捜してる息子の名前はジン…奴の正式な年齢はわからないが、黒澤サクラが殺害された時に六歳だったことを踏まえると、年代としては無理がない気もするんだ…」
「おいおい」阿笠博士が冷や汗を拭いながら割り込む。「それじゃまさか、依頼人は、新一くんをこんな姿にしたあの男の父親ってことかね?」
「可能性はゼロではないわね」
灰原はスクラップノートを開き、銀髪の少年をやけに冷めた目で見据えた。
「ジンがいつから組織にいるのか詳しくはわたしも知らないけど、学校も通わず、全部ブラックって男から教わったっていうのは聞いたことあるから、少なくとも学生の年にはいたのよね」
「ブラック?それも組織の人間か?」
「そうよ。ジンとウォッカがペアで動くように、ブラックとジャックっていうコードネームのペアがいるのよ。ジャックについてはわからないけど、ブラックは嫌でも耳に入る残忍冷徹、組織の人間からしたら殺しの天才と言われていたわ。ボスに従順でさえあればあっという間にNo.2になっていただろうけど、彼はしたくない仕事はしないし、組織の中では唯一自由な意思を貫いていた。…あと、ブラックが有名なのは…」
急に言いにくそうに口をすぼめたので、阿笠博士とコナンは思わず顔を見合わせた。
「なんだよ?」
「ジンに対する、異常なまでの執着」
さすがのコナンでも予想外の答えに、つい間抜けな顔になった。
「ジンって、あの?」
「そうよ。言ったでしょ?あいつに何もかも教え込んだのはブラックなの。学校での勉強も、毒についても、酒も女も、殺しも。そのせいかわからないけど、彼はいつもジンを見ていたし、ジンの足を引っ張るような真似をした人間は言い訳する暇も与えず殺したわ。ジンはブラックを尊敬していたし、感謝していたけれど、恐れていた。いつ殺されるかわからない恐怖というよりは、過度な愛情表現に首を絞められているような感覚だ、てね」
それだけの執着を持つまでには長い年月がかかっているはずだった。コナンは黒澤サクラの記事に目を戻し、眉をひそめる。もしクラウディオの探す息子が黒の組織のジンで、黒澤サクラが殺された時に組織に連れ去られていたとしたら。
母親を殺した組織に入る?何のために?
「ニューヨークの事件なら、FBIに聞いてみたらどうじゃ?教えてくれるかわからんが…なにか手掛かりくらいは聞けるかもしれん」
阿笠博士の提案に、コナンは頷く。が、灰原はあまり乗り気でない様子だった。
「あんまりジンの周りを嗅ぎ回らない方が身のためよ。ブラックは敵に回すべきじゃない」
「何を今更」コナンは苦笑した。「俺ら、奴ら全員を相手にしなきゃ元に戻れないんだぜ?ひとり怖ぇのがいるからって、じゃあそいつは無しで、なんてこっちじゃ選べやしねぇだろ」
灰原はぶるっと身を震わせた。
「違うのよ…ブラックは組織も新薬もわたしたちのこともどうでもいいの…彼の頭にはジンのことしかないし、彼の目にはジンしか映らないのよ」
彼女の言ってることはコナンにもよくわからなかったが、とりあえずそのブラックという人間にひどく怯えているのはわかった。
「んじゃあ、お前は留守番するか?」
「何言うのよ、行くわよ!!当たり前でしょ!!」
どっちなんだよ。
急に怒鳴られたせいで耳が痛かった。