漆黒に染まった銀弾:3

クラウディオ・カーターが息子探しの依頼をしに来た、と伝えると、ジョディは飛んできた。ずいぶん高揚した、しかし何かに焦っているような声に、コナンは思わずにやりと笑った。
「いい情報をもらえそうだぜ、灰原」
隣で聞いていた灰原も、静かに頷く。顔が強ばり、冷や汗がじわりと滲んでいた。
「あの様子だと、FBIも、Dr.カーターとジンの関係性を疑っているようね。まぁあれだけ派手に捜し回っているんだし、誰かに気づかれても無理ないわ」
ジョディは三十分もしない内に、阿笠邸の呼び鈴を鳴らした。
「クールボーイ!!重要な連絡をありがとう。クラウディオさんはいる?」
息巻く彼女に気圧されながらも、コナンはめいっぱい子供らしい声で応じる。
「あ、ごめん…電話でも言ったけど、クラウディオさんがおじさんのところに来たのは昨日で、今ここにはいないよ。連絡先ならわかるけど…」
「急いで連絡しましょう」ジョディは素早く携帯電話を取り出した。「早く保護しないと、彼は危険だわ」
灰原の顔が一瞬で青くなる。コナンはクラウディオの連絡先を握りしめたまま、眉をひそめた。
「どうしてクラウディオさんが危険なの」
「ブラックが日本に帰ってきたからよ」
「ブラック!!!!!!!」
ジョディはそれ以上説明する時間はないとばかりに、コナンの小さな手から連絡先をひったくり、電話をかけた。コールが虚しく響くだけ響いて、留守番サービスに接続された。
「Dr.カーター!!FBIです。あなたを保護したい。息子さんを誘拐した組織の人間が、あなたの命を狙っています!!折り返し願いますDr.カーター!!」
灰原が力なくよろけ、コナンが咄嗟に支えた。
「ブラックが…じゃあやっぱり、彼がジンの父親で…ブラックが、彼を殺そうとしているんだわ」
電話を切ったジョディも頷いた。
「ブラック…わたしたちも秀一から聞いただけの情報しかないけど…おそらく黒澤サクラさんを殺したのは彼よ」
「ブラックが」コナンは頭の中のピースのはまる音を聞いた。「じゃあやっぱり、黒澤サクラさんも、組織の人間だったんだね?」
「裏切ったから殺されたんだわ…」
震える灰原の声に、ジョディは首を振って見せた。
「黒澤サクラに裏切りの意思はなかった。新薬の開発に協力的で従順な女性だったわ」
「それなら、どうして」
「飽くまで秀一の推測だけれど、ブラックは、幼かったジンを自分の子供にしたくて、黒澤サクラを殺したのよ。研究中預かるって言ったブラックの申し出を断り、ブラックが拠点にしていたニューヨークから離れた研究所に連れていくと言ったから、殺して子供だけ奪うことにしたのね」
体に電気の走る思いがした。阿笠博士はごくりと大きな音を立てて唾をのみ、しかし、と乾いた声で割り込んだ。
「なぜ子供を?組織で保育園でもやるつもりだったのですか」
「組織の命令なんかじゃないわ…ブラックは気分屋だけど、気に入ったものは生涯好み続けるこだわり屋でもある。彼からしたら、どうしてもほしい時計を他人から奪ったのと変わらないのね、きっと。他にジンみたいな子供がいたら、その子を引き取って満足したのでしょうけど、黒澤サクラの息子のジン、というものを彼はひどく気に入って、自分が所有したいと思ってしまったのよ」
さすがのコナンでも鳥肌が立った。ジンの鋭い目つきを思いだし、あんな人間を所有したがるなんて…という気持ちも浮かんだが、すぐに銀髪の少年だった頃の写真を思い出した。不思議と生きている気のしない、なんともいえない妙な雰囲気を持つ少年である。なるほど、あんな雰囲気を持った子供は、確かにそこら辺にはいないだろう。
ブラックの異常な執着に黒澤サクラも気がつき、拒んだのかもしれない。
「だけどジンは、何で父親が捜しているのを知らないんだ?今なら自分の意思で会いにも行けそうだが…組織に何か脅されているのか?」
「あなた、彼を普通の人間と同じように考えたらだめよ…ブラックに育てられた、冷酷非道な殺人鬼なんだから」
灰原に低く叱咤され、それもそうか、とそれについては考えるのをやめた。
ジョディが手を鳴らした。
「とにかくクラウディオさんの保護を急ぎましょう。ジンに会いたい気持ちはわかるけど…今のままだとブラックに見つかって殺されるのが目に見えているわ。…あんな風に育った息子に会わせるのも、良いのか悪いのか…」
彼女は憐れみのため息を漏らし、銀髪の少年の写真へちらりと目を向けた。
ブラックが無理やり母親から奪わなかったら、彼はどんな人生を…
だが考えても無駄なことはわかっている。ジンは更正するにはあまりにも人を殺していたし、父親に会わせるにはあまりにも組織に染まりすぎていた。