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漆黒に染まった銀弾:4

その男はジンよりも背が高く、襟元の伸びた黒いセーターと細身の黒いパンツを履いていた。艶のある黒髪はオールバック、赤い珊瑚のピアスを耳にぶら下げ、赤いマニキュアで爪を彩っている。顔立ちは整っているが造りはシンプルだ。整った眉、切れ長の目、筋の通った高い鼻に、薄い唇。肌は青白い。きれいな男だが、人間味がない。新しく作られたロボットのようだ。
「ワインは好きじゃないかい?」
男がニヤリと笑うと、不気味だった。ウォッカは頭を射ぬかれたような恐ろしさを覚え、慌てて首を振った。
「あ、いや…嫌いじゃねえが…何で俺がここに呼ばれたのか、腑に落ちなくて」
男はウォッカから目を逸らさず、にやにや笑っている。その赤いマニキュアが溶けてグラスに染み込み、赤ワインに混ざっていきそうだ。
「ジンの兄貴は呼ばなくてよかったのか?あんた確か、兄貴の」
「ジンが俺の話をしたのかい?君に俺の話を?」
やけに目を輝かせて身を乗り出したものだから、ウォッカは肩を竦め、言葉を詰まらせた。
目の前の男、ブラックというコードネームを持つこの男のことは、確かにジンから聞かされていた。ボスの命令でさえ背くことがある気分屋だが、確かな腕を持つため咎められたことはない。しかしあまりにも身内を殺しすぎた。裏切りでも疑わしきでもなく、ただ単純に気にくわないという理由で、腕の立たない組織の人間をたくさん殺したのだ。さすがにそれには組織の方も黙っておけず、日本からオーストリアへ飛ばされたらしい。そして今回、彼は向こうでの仕事をさっさと終わらせて、帰ってきたのだ。
そしてこれはジンの口からではなく、別の人間から聞いた噂でしかないが、殺された組織の人間はみな、ジンに近い人間ばかりだったという。
俺を殺すつもりなんだろうな…。
理由はわからないが、ウォッカはそんな予感がしていた。だからワインにも口をつけなかった。
ブラックは愉快そうに肩を震わせながら、自分のグラスに二杯目のワインを注いだ。
「俺はあんたを殺さない」
ウォッカは驚いた。心の中まで見透かされている気がした。
「殺す理由がないからな…確かにあんた使えそうにないし、ジンの相棒にしちゃ間抜けそうだが、ジンがあんたをそんなに嫌ってないようだし、あんたもジンの足を引っ張りそうにないし」
ところどころ頭にくる発言もあるが、それは殺されるかもしれない緊張から解放された証拠だった。意を決して赤ワインを喉に通すと、濃厚で癖のある味わいがするすると流れるだけで、苦しむどころか心地よかった。
「ジンの父親については知ってるか?」
様子を窺うように、ブラックが切り出す。ウォッカはワインをあっという間に飲み干し、ブルーチーズをひとつつまんだ。
「兄貴は親がないって言ってたぜ?」
「ふふっ」ブラックは満足そうに頷いた。「そう、ジンの親は俺だけさ。ジンは俺だけのものなんだ」
恍惚とした表情に、ウォッカは彼の異常な部分を見た気がした。
「だけど最近、ジンの周りを嗅ぎ回り、父親を騙る奴がいるみたいでね。そいつを殺そうと思うんだけど」
「それは、指令か?」
「え?いいや。あの方がそんな指令を出すわけないじゃないか。俺が殺したいんだよ。目障りだからな、俺にとってもジンにとっても」
ジンの兄貴は知ってるんだろうか…
疑念は浮かぶが、ジンに直接確認する勇気もない。プライベートなことを聞けば怒るだろうし、そもそも興味なさそうに素っ気なくあしらわれるかもしれない。怒るジンよりも、素っ気ないジンの方がウォッカは怖かった。
「ジンに何かあったら逐一連絡がほしい。特に父親を騙るあいつ…クラウディオ・カーターなんかが近づいてきたら、すぐ連絡がほしい」
ワインを飲み、ある程度食事を終えると、その場はお開きとなったが、帰り際にブラックから端末を手渡された。拒む理由もなくリスクも高かった為受け取ったが、果たして使う時が来るのか疑問であった。
クラウディオ・カーター…こいつのことは調べてみよう。兄貴に内密で動くのは気が引けるが…
ブラックを信用する気はなく、言いなりになるつもりもなかった。ジンには多大な恩もあるし、心底彼のことを尊敬している。ウォッカはブラックでなく、ジンの意思を尊重したかった。
「余計なことは考えなくていいよ、ウォッカ。俺たちはジンのことだけ考えたらいい。そう思わないかい?」
「あ、あぁ…」
俺は違う。あんたみたいに兄貴を独占しようとも支配しようとも思わない。
ブラックはにやにやと笑っている。まるでウォッカの考えていることなど全て見透かした上で、転がしているとでも言いたげな顔である。