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漆黒に染まった銀弾:8

まだ寝付いたばかりで、体と同じくらい瞼が重たかった。だが明るい日差しが容赦なく突き刺さる痛みに耐えられず、渋々目を開けたのである。部屋に入ってカーテンなど一度も開けてないはずなので、どこから日差しが入り込みジンの眠りを妨げるのか気になった。
カーテンは半分開いていた。そしてそこから降り注ぐ日差しを明かりにして、つまらなさそうな本を読んでいるブラックが見えた。
「おはようジン」
彼は一瞥もくれないまま微笑む。
ジンは顔をしかめた。
「何でお前がここにいるんだ…」
仕事を終えたジンとウォッカは、今日はホテル泊まりだった。ウォッカは隣の部屋でまだ鼾をあげていることだろう。ジンはホテルに泊まる時、備え付けの鍵だけでは満足できず、侵入者があった場合の為の仕掛けを自分で何点か用意するのだが、気づかず眠り続けていたということは、安易に外されてしまったようだ。
素早く室内を見回す。まさかジャックもいるのか?
「ジャックはいない。奴は用事があるんだ」
ブラックはようやく本を閉じて、ベッドの方へ歩み寄ってきた。
「そうやってジャックにばかり仕事押し付けて、お前は気楽なもんだな」
「手厳しいこと言うね。こう見えてもやる時はやるんだぞ?ジャックのような繊細な仕事はできないがね」
にんまり笑うそのいやらしい目付きは、昔から好きじゃなかった。年から年中二十四時間見られ続け、それも全身を舐めるような視線だから、だんだん見られているというだけで体がつらくなってきて、ジンが自らあの方にブラックを遠ざけてほしいと溢したのである。幸い、ボスもブラックの悪ふざけが目立ちすぎていると頭を悩ませていた時期だったので、うまく海の向こうへ誘導してくれた。
だが帰ってきた。この男は確かにやる時はやる男なのだ。向こうでやらなければならないことをさっさと済ませ、殺さなければならない者を蚊をつぶすようにテキパキ殺し、ニューヨークや日本にいた時には考えられないような実績を短期間で上げたらしい。ジンに付きまとう悪趣味さえなければ、組織はもっと彼を評価し、彼ももっと功績を上げるだろう。
「もうガキじゃねぇんだ…俺に構うな」
シーツに潜り込み無理やり寝ようとしたが、一瞬の差でブラックに先手を取られ、あっという間に剥がされた。
「浅草に行かないか?おもしろいものを見せてやろうと思ってね」
「行かねぇよ…何で浅草…」
シーツを取り返そうとするが、彼は代わりにジャケットを投げてきた。ジンが普段なら絶対に着ることのない、おそらく手に取ろうとも思わない、デニムのジャケットである。
「何だこれ」
「これは完全にプライベートだからな。わざわざ黒で揃えることないだろ」
自分は黒のくせに…と睨み付けると、自分は黒のくせにとか思っただろ、とブラックが笑う。おもしろくない。何もかも見透かされていて、全くおもしろくない。
ブラックに逆らう、という概念はジンにはあまりなかった。小さな頃から強引に連れ出されることは多々あったし、多少の抵抗を見せたってこの男は引かないとわかっている。その代わりジンのわがままもできる限り聞いてもらってきたし、何より仕事についてはずいぶん丁寧に教えてもらった恩がある。
「何を見に行くんだ…」
寝不足の体に鞭を打つ思いで着替え始める。ブラックはにやにやとしているばかりで答えず、ルームサービスを頼み始めた。寝起きすぐに何も食べる気分ではないのだが…。
ズボンだけ着替えた状態で、ジンはおもむろにウォッカに電話をかけた。
「はっ…へ、へぃ、兄貴…おはようございます」
どんな状況でも自分からの連絡には答えるのだから、大した男だと感心する。今慌ててよだれでも拭っているだろう。
「出掛けるぞウォッカ」
「えっ、仕事ですかい?」
「いや…だがうるさいのが部屋に入ってきてな…出掛けでもしないと、耳元でぶんぶんぶんぶん目障りなんだ」
「ひどい言い方だな」ブラックは内線を切り、苦笑した。「あの下駄くんも連れていくのかい?」
「下駄…」
顔が四角いからだろうな…とわかった。
ルームサービスが届いてすぐに、きっちり仕事の格好に着替えたウォッカがドアを叩いた。ジンが重い腰を上げるより先に、サンドイッチを片手にブラックが応じた。
「兄貴ッ…て、またあんたかい?どうしてここに…」
「おはよう、ウォッカ。そんな葬式みたいな格好してないで、もっと休日っぽい格好してこいよ」
「あ?いや、だがこれしか…」
助けを求めるようにジンを見て、驚いた。うたた寝しているのだ。警戒心の強いジンがここまで無防備に睡魔へ身を委ねるのを、ウォッカは見たことがなかった。それだけブラックという男を信頼しているのだろう。
だがウォッカはブラックを信用していない。むしろジンにとって危険な男じゃないかと疑っていた。
「こら、ジン!!寝るんじゃない。ほらもう出るぞ。ウォッカのその格好は俺嫌だから、途中で何か着るもの買ってやるよ、サイズがあればな。ジンもせっかく買ったジャケット着てくれないみたいだしなぁ」
ジンの足元に転がったデニムジャケットを寂しそうに見つめ、ブラックは大きな溜め息を吐いた。ジンは眠たそうな目をこすりながら顔を上げ、これまた無防備に欠伸をした。
ジンの首もとに、プラチナの羽根が鈍く光った。いつもタートルネックを着ているので、そんなものをぶら下げていたこともウォッカは初めて知った。
兄貴の趣味じゃなさそうだ…女からの贈り物か何かだろうな。
口は悪いが女に対しては甘いことなら、知っている。特に付き合った女には何かと振り回されているが、それでも文句のひとつも溢さないのは尊敬に値するほどである。体の関係だと割りきっているベルモットでさえそうだ。彼女は言っていた。[ジンは何だかんだわたしには冷たくできないのよ。女だからね]
「なんならワンピースでも買ってやろうか、ジン?それなら真っ黒でも可愛いげがありそうなものじゃないか」
からかうようにブラックが言ったが、ジンの片頬が不機嫌そうにひきつったので、小さく肩をすくめて口をつぐんだ。結局黒いシャツを着て、珍しく長い銀髪を簡単にパパパッとまとめてしまい、ジンはようやくベッドから離れた。ウォッカが目の前で見ていても何をどうしたのかわからないくらい早い手つきで髪をまとめる姿は、確かに少し女っぽかった。だからって、ワンピース買ってやろうかとは口が裂けても言わないが。