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漆黒に染まった銀弾:9

「クラウディオさん、ほれ、見てください。あれが有名な雷門ですぞ。せっかくですから写真でもいかがですかな」
土曜日は快晴だった。週末ということもあり観光客で賑わっており、修学旅行らしい学生の団体もちらほら見えた。
クラウディオは今日はショルダーバッグを提げていた。浅草観光が楽しみでいろいろ持ってきたのだそうだ。先ほど阿笠博士の車の中で見せてくれた。ティッシュやハンカチ、デジタルカメラ二台、折り畳み傘、カイロ、タオル、綿棒、ハンドクリーム、ウェットティッシュ、鏡、ソーイングセット、ミネラルウォーター…
「ほほぅ、用意がいいですなぁ」
「男のくせにと子供の頃から笑われてきました。イタリアでは、男性らしい男性というのは物を持たないのです。ですがわたしはダメですね…心配性でいろいろ持たなくちゃ気が済まなくて」
言いながら出した物を仕舞うのも右手。今日も腕時計が鈍く怪しく光っている。
コナンは彼の右ポケットが微かに膨らんでいることに気がつき、指差した。
「ねぇ、ポケットにも何か入れてるの?」
「あぁ、これは」彼はポケットから黒い小さなプラスチックケースを取り出した。「ピルケースだよ。あんまり乗り物が得意じゃないから、酔い止めの薬は手離せないんだ」
「へぇ…じゃあ毎回飛行機に乗って日本に来るの、大変だね」
クラウディオは苦笑して、そうなんだ、と頷いた。
雷門の前は混雑しており、なかなか人混みがなくなる気配がなかった。クラウディオはカメラを構えながら困ったように周囲を見渡していたが、やがて諦めたようにシャッターを切り出した。
「あ、いや、クラウディオさん、せっかく来たんじゃから、もっと近くで撮りませんか」
「いえ、他の方のご迷惑になるといけないですし…それに、これだけ人がいたよ、というのも思い出になりますから」
彼は穏やかな微笑みのまま、遠巻きに写真を撮り始めた。阿笠博士は申し訳なさそうにしながら、浅草寺の方向へ彼を促した。
「侍は、ここに住んでいるのですか?」
雷門をくぐったクラウディオが冗談めかして言った。阿笠博士は声を上げて笑い、侍はいないでしょうなぁ、と言った。
「もしおったとしても、せいぜい忍者ですな。彼らなら侍と違って、我々に気づかれないよう忍術を使えますからな」
浅草に到着してからなるべく周囲に注意を払っているのだが、今のところ尾行されている気配はない。だが沖矢の言っていたジャックのことを忘れたわけではなかった。誰にも気配を悟らせない忍者のような男…ブラックの相棒。もしかしたら気づけていないだけで、既に奴は息を潜めてすぐ近くにいるのかもしれない。
「あ、それよりクラウディオさん、お昼はもう食べられましたかな?」
浅草寺までの間に売られている団子やせんべいを勧めながら、阿笠博士が顔を明らめて言ったので、コナンの顔はひきつった。博士…食い物ばっかじゃねーか…。
「浅草はいいですぞ。鰻重、天ぷら、江戸前寿司、蕎麦…日本を代表するうまいものがたっくさんありますからな!!」
「それは迷ってしまいますね…特に食べられないものはないので、阿笠さんやコナン君のおすすめをお願いしていいですか」
選択権が自分に回ってきたのが余程嬉しかったのか、阿笠博士は鼻息を荒くした。
「それなら景気よく鰻重にしましょう!!」
「いいけど博士…博士の奢りなんだろうな?俺は金持ってねぇし、まさかクラウディオさんに出させるつもりじゃねーだろうな?」
コナンが水を差したお陰で頭が冷えたのか、阿笠博士はひきつった笑顔で、やっぱり蕎麦にしましょう、と言った。
うまい店を知っているという阿笠博士の案内で、一度浅草寺を出て、ベルツリータワーに向かう道を歩いた。
「失礼しまーす」
背後から声かけられ振り返ると、外国人をひとり乗せた人力車が通るところだった。コナン達は道を開け、クラウディオはすれ違い様に写真を何枚も撮った。
「あれが人力車ですね!!写真とかで見たことあります!!素晴らしい!!」
「外国人の方には人気ですからなぁ。地元の人間だと、ちと恥ずかしくて乗れませんがの」
阿笠博士が苦笑しながら、先を促した。
「外国人でも、ひとりで乗ってるなんて珍しいけどな」
「車引いてた人とお友だちなのでは?」撮った写真を確認して満足そうなクラウディオが言った。「何やらお話されているみたいでしたから」
「あぁ、いやクラウディオさん、人力車っていうのは通行手段でもあるんですが、今は観光案内が主なんですよ。ああやって観光客を乗せて、主要な観光地を回って、歴史や名物なんかを話してくれるんです」
「へえ!それは知りませんでした!!とても素敵ですね。お昼食べたら乗りませんか?」
「えっ、人力車にですか!?」阿笠博士は顔をひきつらせた後、「そうですな!!わしだとちと重すぎて車引く人が可哀想じゃから、ぜひコナン君と乗るといいですよ」
「そうですか?では後程コナン君と」
クラウディオはコナンの方へ顔を向けてにっこり笑い、よろしくお願いしますね、と言った。コナンは満面の笑みで、楽しみだね!!と答えたが、内心では憂鬱である。もし人力車に乗ってるところなんて知り合いに見られたら、死ぬほど恥ずかしい。まぁ、子供の姿なのだからそれほど笑われることはないだろうが…。
「あ、クラウディオさん、この店もなかなかおもしろいですぞ。食品サンプルはご存知ですかな?」
阿笠博士が指した店のショーウィンドウには、よくできた食品サンプルがずらりと並べられ、外国人だけでなく日本人も興味深そうに見て、写真を撮っていた。クラウディオも早速とばかりにカメラを取りだし、ショーウィンドウへ駆け寄る。
「すごいです。日本の技術ですね。これは、このショーウィンドウが特殊なのでしょうか?」
「え?ショーウィンドウ?」
コナンが聞き返したので、自分が的はずれなことを言ったと思ったのか、彼は少し耳を赤くした。
「あ、いえ…とてもよくできた物ですが、こういうのは濡れたりしたらぐちゃぐちゃになりそうじゃないですか。完全密封の造りで、中は除湿機能でもあるのかと思っちゃいました」
阿笠博士が笑い、店の中に並べられた商品を指差した。
「大丈夫ですよ。ああやってショーウィンドウじゃないところに並べてるものもあるでしょう?少々濡れたくらいでは壊れたりしませんぞ」
「へぇ…やはり日本の技術とは素晴らしいですね」
クラウディオは三回シャッターを切ると、また撮ったものを確認した。コナンは口許に笑みを浮かべ、彼から少し離れたところで、阿笠博士に耳打ちをした。
「なぁ、阿笠博士蕎麦屋に着いたらしてほしいことがあるんだが…」
「えええっ!?」
内容を聞いた阿笠博士は、既に冷や汗を掻いている。
「いくら新一くんの頼みでも、それは気が引けるぞ。そんなことしたらクラウディオさんは大怪我してしまう」
「大丈夫さ…彼なら」コナンはクラウディオの背中を見ながら続けた。「タイミングとしては食後がいい…きっとクラウディオさんは慌てると思うぜ。自分がクラウディオさんじゃないことがバレたんじゃないか、てな…」