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漆黒に染まった銀弾:10

蕎麦屋は混雑しており、三人でベルツリータワーを遠目に見物しながら待った。サラリーマン風の男たちが団体でどっと出ていってすぐにコナン達は店内へ招かれ、運良く座敷の席に座ることができた。コナンには蕎麦の良し悪しなどわからないが、阿笠博士とクラウディオはずいぶん絶賛しながら食べていたので、きっと近所の蕎麦屋よりはうまいのだろう。
「食後にお茶を一杯どうです?」
阿笠博士が腰を浮かせながら訪ねるが、クラウディオは断った。日本茶が苦手なのだと言う。阿笠博士はセルフサービスの緑茶を取りに、席を立った。
「コナン君は今、何歳ですか?」
阿笠博士の背中をある程度見送った後、クラウディオは不意に尋ねてきた。
「六歳だよ」
「学校は楽しいですか?お父さんやお母さんとは仲良しですか?」
「んーとぉ…お父さんとお母さんはぁ…」
コナンが答えに窮しているところで、緑茶を持った阿笠博士が、クラウディオのすぐ隣でつまずいた。湯呑みに入れられたばかりの熱い緑茶は下手な弧を描き、そのまま重力に任せて彼の頭へ勢い良く降り注いだ。
「すみません、クラウディオさん!!大丈夫ですかな!?」
阿笠博士が慌てた様子で声を上げたので、店員もすぐに状況を理解し、タオルを何枚か持ってきた。
「クラウディオさん、大丈夫?びっくりしたね」
コナンが笑いながら声をかけると、クラウディオも少し困ったように微笑み、はいびっくりしました、と答えた。
「少し顔を洗ってきますね。お手洗いどこですか?」
彼は脇に置いていたショルダーバッグを手に取り、足早にトイレへ向かう。驚く阿笠博士に、コナンは得意気な顔で笑って見せた。
トイレまで追うと、彼は顔など洗っていなかった。鏡の前を陣取り、憎い相手が目の前にでもいるのかというほど、厳しい顔つきで睨み付けている。
「そんなに心配?」コナンが後ろから声をかけると、その肩が震えた。「作り物の顔が壊れていないか」
彼は振り返らない。鏡に映る顔は、華奢な手で覆われている。
「コナン君、ですか?えぇと…ちょっと、君の言ってる日本語が、少し難しくて」
「さっき阿笠博士がクラウディオさんにぶっかけたお茶、あれ、熱々の緑茶だったことは、気がつかなかった?」
覆われた手の隙間から見える口元の笑みが消えた。
「普通、あんな熱いものが降ってきたら、反射的に飛び上がったり、悲鳴が出るはずだけど、クラウディオさん、すぐには反応しなかったよね。熱いって思わなかったんじゃない?阿笠博士には顔目掛けて熱湯をかけてほしいって頼んだけど、さすがに顔だけ狙うのは難しかったみたい。でもそのお陰で、クラウディオさんの顔したそのマスクが、頭の部分から被るフルフェイス型だってわかったよ」
会計を済ませてきた阿笠博士も、遅れてやってきた。コナンは麻酔針をスタンバイし、背中を向ける彼に向ける。
「あんたが持ってきてくれたムービーやらスクラップノートやらで、本物のクラウディオさんが左利きなのはわかったよ。あんたは何から何まできっちり右手を使ったがな。それとその時計…俺もこんなヘンテコな時計持ってるからわかるんだ。こういった物騒な仕掛けした時計はメンテナンスがしょっちゅういるから、何度も何度も開け閉めしてたら、ガラス部分はやけに綺麗になる。指紋つけたくなくて布を使っていたなら、特に…」
「そしてあなたが出したデジタルカメラ、今日使っていない方の一台は、あれはデジタルカメラじゃないですな?」
急に割り込んできたので、コナンは驚いた。しかもデジタルカメラのことに彼が気づいてるなんて。
「こう見えてわしもメカ触るのが好きなのでね。よくできた物じゃったが、持っているデジタルカメラをモデルにして作っちゃいかんな。いくら二台持っているとしても、同じメーカーの同じ型を二つ持つ人はなかなかおらんからのぅ…」
ふふふ、とまた肩が揺れた。その声が今まで聞いていたクラウディオさんのものとは違い、まだ若くて多少鼻にかかってることから、彼が観念したのがわかった。
「さすがだね、高校生探偵」
「なっ…」
胸を強く打たれたような衝撃が走る。俺のことを知ってるのか!?
クラウディオだった男は振り返ると、少しただれて老けたクラウディオのマスクを派手に脱いだ。
中から出てきたのは、茶髪の若い男である。目がくりっと大きく、まだ高校生くらいの年代に見えた。彼はやっと解放されたとばかりに大きく溜め息を吐きながら、スーツなども脱ぎ始める。ずいぶんカジュアルな格好をしているので、見た目年齢はさらに下がった。
「自分としてはいい線いってたと思ったのに、こんな簡単にばれるなんて。こりゃペナルティかな」
コナンの麻酔針なんて気にしないまま、しゃべるしゃべる。
「お前、何者だ!どうして俺のこと知ってる!?」
「しーっ、しーっ!!おばかちゃん。ここはただの蕎麦屋のトイレだぜ。声けっこう響くんだから、冷静に話そう」
余裕たっぷりに白い歯をのぞかせて笑い、彼は言った。
「俺はジョナサン。フリーメイソンのただの雑用さ」