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漆黒に染まった銀弾:11

「ジョナサン~?しかもおめー、フリーメイソンって…」
その答えに脱力した。ジョナサンなんてあきらかに偽名であるし、しかも所属組織として名前を出したのが、あの有名な秘密結社。胡散臭い…。
ジョナサンと名乗った彼は、コナンに疑われても大して気にしてない様子である。
「それよりさ、君、じいさんにいきなりお茶ぶっかけさせるなんて、なかなかひどいことするよな。本物のクラウディオさんだったらどうするんだ。大火傷だぜきっと」
「本物のクラウディオさんの可能性は、俺の中じゃほとんどゼロだったからな…あんたの鞄の中身、まるで女が化粧直す為に持ち歩くようなものが多かったじゃねーか。綿棒だとかティッシュだとか、鏡だとか…ありゃ変装してるから時々メンテナンスする為だろ?ソーイングセットも持ってるってことは、体格も服で誤魔化してたんだな。あと、食品サンプルの店…あそこでショーウィンドウの方に興味持ったのは、あんたの変装技術の大敵は、湿気だからだ。だから似たような原材料で作られたサンプルがへたらずにいるのは、ショーウィンドウが特殊なんじゃないかと考えた。こんなにいい天気なのに傘まで持ってたし…よっぽど濡れるのが怖いのはわかったよ」
「やっぱり道具は隠し持ってなくちゃいけないな」ジョナサンは舌打ちした。「でも熱くなくたってよかっただろ。普通に水かけてくれたらよかったのに」
「あれは反射的な反応を見せるかも確認したかったからな。何かを演技している人間っていうのは、予想外の出来事に対する咄嗟の反応に、どうしても遅れが生じる。実際あんたも緑茶をかけられた直後固まっていた。周囲の様子を見て自分で判断する必要があったんだ、どんな反応をするかね…俺が間髪いれず、びっくりしたね、と言ったが、熱かったね、とは言わなかったから、温度までは気がつかなかったんだろ」
阿笠博士は店員が心配して来ることに気がつき、二人に外に出ようと提案した。ジョナサンは逃走などする気はさらさらないらしく、クラウディオのマスクをのんびり修復して、最初と同じクラウディオ・カーターの姿で店を出た。そして路上販売しているアイスクリームに二人を誘った。
「で?あんたはフリーメイソンだって?」
コナンがバニラのソフトクリームを食べながら尋ねると、ジョナサンはフフンと笑った。
「信じるか信じないかは、あなた次第…なんつって」
フリーメイソンが何でジンを探しているんだよ」
それまでへらへら笑っていたジョナサンだが、急に真剣な顔つきになった。
「いろいろあるみたいだけどね…俺たちの目的はジンじゃなくて、ブラックの方なんだ。あいつはちょっと人を殺しすぎている。女王様もお冠ってわけさ」
「イギリス女王…そうか、クラウディオさんも王室御用達の美容外科医…てことは、もしかして本物のクラウディオさんもあんたと同じ組織の人間か」
それに対してジョナサンは答えなかった。が、それが既に答えを示している。
「ジンの父親であるクラウディオ・カーターが日本に来てるとなりゃ、 真っ先にお出ましになると思ったんだけどねぇ…だから毛利小五郎のところに行ったんだよ。あの近辺をなぜかFBIの奴等もうろうろしてるみたいだったから、クラウディオ・カーターが来てることを奴等に伝えてくれないかなー…と」
ジョナサンはチョコレートのソフトクリームを舐めながら、瞬きもせず通りを眺めている。何かを探しているようだ。
「それで、今日奴等は…」
「悪い」ジョナサンは食べかけのソフトクリームをゴミ箱に捨てた。「ちょっと急用ができた」
コナンも慌てて立ち上がる。ジョナサンの視線の先には人混みがあり、その中に、蕎麦屋に行く途中で会った人力車を見つけた。
ジョナサンが走り出す。コナンも後を追いながら、慌てる阿笠博士を制した。
「博士はそこにいろ!灰原たちに連絡を!!」
「あ、哀くんに!?なんと!?」
「奴らが現れた!!」
ジョナサンは音なく走り、人力車が路地に入っていくのを追う。
ジョナサンが雷門を遠目から撮っていたのは、群衆を撮る為だろう。あの中に組織の人間らしいのがいないか確認していたに違いない。だがすれ違い様のあの人力車をやたら撮り、ひどく興味を持った外国人のふりして声を高くしたのは、それに乗る外国人を間近で撮って残しておきたかったから。つまり、人力車にひとりで乗っていたあいつが、ブラックかジャックである。
路地を進み、いくつか角を曲がる内に喧騒が遠くなった。中華屋の裏に入り込んだところで、ジョナサンが止まった。人力車と男が二人、立っている。
一人は人力車を引いていた男だが、すれ違った時と雰囲気が違う。彼も組織の人間だったのだと、その目を見てすぐにわかった。そしてずいぶん背が高い、オールバックの男。
「ブラック…それに、お前はジャックだね」
ジョナサンはショルダーバッグから折り畳み式傘を取りだし、柄を引き抜いた。中から小径銃が出てきた。
「誰だこいつ」オールバックの方は何やら焦っているようだった。「おい、殺していいのか?」
ん?
コナンは息を潜めて隠れながら、妙だと思った。
ジョナサンはクラウディオ・カーターの格好をしている。黒澤サクラの旦那がDr.カーターであることは有名だし、インターネットにもその顔は出ている。だが、男は今言った。
誰だこいつ。
「そいつはきっと英国紳士の指人形さ」
人力車の男がつぶやく。オールバックの男は顔をひくつかせている。
「指人形で遊んでる暇はないんだ。今、お前のご主人様殺しに行くところなんだよ」
「え…もしかして…」
男の反応に一番驚いていたジョナサンが、つぶやく。コナンもハッとし、物音立てないよう気を付けながら、すぐにその場を離れた。
やられた!!
土曜日の快晴。人は相変わらず多く、昼食を済ませた人たちも店から出てきて、道はより一層混雑していた。人の流れに背き、静かで暗い方を探していく。人力車を路地に捨てて、これから殺しに行くということは、道を戻る必要があったのだろう。雷門から蕎麦屋までの間で、人のいないところ…
「ねぇこの辺でお化けの出そうなところってある!?友達を驚かせたいんだけど!」
団子屋の女性に聞いた。彼女は不思議そうにしながらも答えた。
「あの道をまっすぐ行ったらお墓があるんだけど、その手前にあるトイレかな…古くて汚いし、こっちからお墓参り行く人もいないから、お昼でもちょっと不気味よ」
「ありがとう!」
コナンは言われた場所へ向かおうと、人混みを掻き分けながら進んだ。パンパン!!とどこかでクラッカーのような音がし、通りを練り歩くようにカーニバルが始まった。
「工藤くん!!」
手を捕まれ振り返ると、灰原だった。
「お前っ…阿笠博士の家にいたんじゃ」
「あなた達に何かあった時すぐに駆けつけられるように、駐車場まで来ていたのよ。今、博士のところに二人が向かったわ。それより、何があったの?」
「説明は後だ!!ブラックが、フリーメイソンの人間を殺しに来るぞ」
「はぁ!?フリーメイソン!?」
コナンが手を振り払って走るので、灰原も後を追う。団子屋が教えてくれたトイレは確かに不気味で、周りに植えられた柳が項垂れて、その周辺一帯を薄暗く演出している。コナンは中へ飛び込み、念入りに見渡した。まだ死体はないようだった。
「ちょっと、何があったの?フリーメイソンって…それに、ブラック…」
「クラウディオ・カーターなんて人間、最初からいなかったんだよ。黒澤サクラが殺された時に作られた、架空の人物だ」
「か、架空の?」
「シッ」コナンは灰原の口を塞ぎ、耳を澄ませた。「誰か来るぞ」
二人は急いで掃除用具室に入り、箒やモップをポリバケツから抜き取り、その中に隠れた。古いトイレはドアがいたずらに削られており、背伸びをすればその小さな穴からトイレの入り口を見ることができた。
灰原が息を呑む。コナンは再び彼女の口を塞ぎ、入り口が見えないようしゃがませた。
トイレに入ってきたのは、ジンである。帽子をかぶっておらず、髪の毛もまとめているので、一瞬誰だかわからなかった。彼は煙草に火をつけ、眠たそうに欠伸をした。
ブラックか、ジョナサンと関わりのある誰かが来ると踏んでいたコナンは、なぜジンがここにいるのかわからなかった。いつもと全く違う格好をしているので、仕事として来ているわけではなさそうだ。
ジンは手首の辺りの何かを気にして、顔をしかめた。コナン達のいる用具室の目の前にある蛇口をひねるが、水が出てこなかった。
「チッ…」
彼が舌打ちし、入り口へ引き返した時である。ジンの右肩に弾丸が飛び込み、鮮血を散らした。撃たれた、と思った次の瞬間には、左の太ももにさらに一発。ジンはよろけて、コナンの見えないところへ倒れこんだ。
サイレンサーをつけたピストル片手にトイレに入ってきた男は、銀髪だった。
「ジン…」
彼は今にも泣き出しそうな顔で、無理やり微笑んだ。