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漆黒に染まった銀弾:12

「おもしろくもねぇ…」
無理やり白昼の人混みへ引っ張り出されたジンとウォッカは、ひどく落胆させられた。ブラックの言う、おもしろいもの、というのは、変装したジャックのことだったのだ。
「だが珍しいだろ?こいつがこんな真っ昼間から表に出てきているなんて、滅多にあることじゃない。拝んでおけよ」
ブラックはからかうように言いながら、ウォッカとジンに団子を分けた。ウォッカは素直に受け取って食べたが、ジンは食べたがらず、結局それもウォッカが食べることになった。
「ウォッカ…ホテルに帰って寝直すぞ」
「残念」ブラックは機嫌よさそうに言った。「あのホテルはもうチェックアウトしたよ」
ジンの顔が歪む。
「さて、せっかくだから人力車に乗せてもらおうぜ」
ブラックは遊園地に連れてきてもらった子供のようだった。何か楽しみなことが待っていて、早くそれを発表したくて仕方がない、といった雰囲気だ。
「俺は乗らねぇ。ガキじゃあるまいし」
「あ、そう。じゃあ迷子にならないよう、ウォッカ見ておいてくれよ」
ジンが嫌がることは無理強いしたくないのか、割りとあっさりした態度だった。
ブラックは人力車に乗り込み、ジンに手を振りながら離れていった。人力車にひとりで乗っても絵になる男だ。
ジンはくたびれた様子で近くの壁に寄りかかり、小さな溜め息を吐いた。
「兄貴…どこかでコーヒーでも飲みやすかい?」
「あぁ…」少し考える素振りを見せてから、付け加えた。「団子は好きじゃない…」
「あ、甘いもの食いたいんですね」
ジンは口を尖らせて何も言わなかったが、それこそが図星である証拠だ。彼はあまり人前では欲しがらないが、割りと甘党であることをウォッカは知っている。
近くの喫茶店に入り、ジンはクリームブリュレを食べた。ウォッカはコーヒーを飲みながら、ブラックの言っていたことを思い出す。
兄貴の父親を騙る男がいると言ってたが…
「何か聞きたそうだな」
ジンがちらりとウォッカを見る。ほんの一瞬のことなのに、冷たいその視線はウォッカの鳩尾辺りを鈍く痛ませる。
「兄貴、前に俺とブラックがどこで会ったか聞いてきたじゃないですか」
「あぁ、聞いたな…」
「あれ、実はブラックの方から呼び出されまして」
「だろうな」ジンは半分残したクリームブリュレを、自分の前から遠ざけた。「俺と組んでる奴はみんなあいつに一度は呼び出される。気にくわなければ殺すし、そうでなければ泳がせるし」
ウォッカは身震いする。「こ、殺された奴もいたんですかぃ?」
「最初に当てられた奴くらいだろう。そいつは気色悪いゲイ野郎で、よく俺を誘ってきた。それが胸くそ悪くて、俺がブラックに告げ口したんだ。それからだな、俺と組むやつらをいちいち呼び出すようになったのは」
思い出して腹が立ってきたのか、眉間に皺寄せて、煙草を取り出す。ウォッカが火をつけようとしたところで、横から伸びてきた手がジンの手首を掴んだ。
「すみませーん、店内禁煙で…表に灰皿ごさまいす~」
ウォッカが何か言おうとしたところをジンが制し、彼は素直に外に出て吸った。お前は殺し屋にしては素直すぎる、というブラックの言葉を思い出す。
しばらくつまらなさそうにぶらぶら歩いていたのだが、ジンがやたらと手首を気にしていることに気がついた。先程店員に捕まれた手首である。
「どうかしやしたかぃ?」
「なんか、べたつく」
「どこか手洗うところありますかね。それともその辺の店で借りやしょうか?」
ジンは不快そうに眉をひそめるばかりで、何も答えない。ウォッカの提案に不満があるのだろう。だが言ってくれないとどうしたらいいのか、ウォッカもわからないままなので、バカみたいにきょろきょろ辺りを見回し、トイレを探すしかなかった。
「もしかして、お手洗い探されています?」
突然後ろから声かけてきたのは、子供を連れた男だった。
「あ、さっきわたしもこの子連れていくのにすごく探したもので…この辺だと、この道まっすぐ行ったところの、お墓の手前のしかないらしいんですよ。ちょっと汚くて、誰もいないようなところだったから、お店の借りた方がいいかもしれませんよ」
「あ、あぁ…すまない、助かる」
ウォッカが戸惑いながらも答えると、いかにもお人好しといった顔で彼は笑い、軽く頭を下げて去っていった。
「兄貴」
「お前はここにいろ」
ジンはウォッカの方を振り向きもせず、先程の男が言った道を歩き出した。
「あ、でも…」
「たまには一人にしてくれ。あいつが帰ってきてから、煩わしくて堪らん」
ウォッカはそれ以上何も言えなかった。
進めば進むほど人がいなくなり、やがて静かになった。人混みに揉まれてずいぶん疲れていたと実感する。柳が腐りかけて垂れている、少し冷ややかな風が吹くこういった場所の方が、気持ちが落ち着いた。
煙草に火をつけて、手を洗おうとしたのだが、水が出ない。予想外の出来事に怒りが全身を巡り、 頭痛さえしてくる。
戻ってウェットティッシュでも買った方がましだな…
細い溜め息を漏らしながら振り返った時、離れたところにピストルの口を見た。
キュンッ。
ピアノ線が鉄を引っ掻いたような音がしたと思うと、肩で痛みが弾け、血が飛んだ。次は左足。足を思いきり掬われたように、ガクンと視界が下がり、冷たいコンクリートの床で頭を打った。
「ジン…」
ピストルの持ち主が歩み寄ってくる。足音も衣擦れの音もないことから、この男が裏社会で生きている男だとわかる。だが、ジンには見覚えがあった。どこで会ったのか、いつ会ったのか、頭の中に靄がかかったようでハッキリはしないのだが、ジンは確かに彼を知っている。
男は悲しそうな微笑みを浮かべて、とても大事そうに、両手でジンの顔を包む。
「大きくなったな…」
頬に暖かい滴が落ちてくる。男の手を振り払おうと手を上げるが、頭の打ち所が悪かったらしく、震えてうまく動かせない。男は何を勘違いしたのか、その手を握った。
「あの時サクラを殺してでもお前を取り返すべきだったと、ずっと後悔していた。今さらのこのこ会いに来て、何を今さらと思うかもしれんが…わたしとサクラは騙し合いの夫婦だったが、わたしは、お前のことを、本当に、本当に愛している」
彼はおもむろに手を離すと、注射器を取り出した。ジンは抵抗するが、右手を撃ち抜かれ、その痛みに体が強張ったその瞬間、首に注射器を突き刺された。
激しい動悸が体全体を脈打ち、骨や筋肉が溶けていくような激痛が至るところに生じ、火をつけられたように熱かった。獣の吠えるような悲鳴を上げるが、ジン自身には自分の声など耳に入ってこない。
「ジン…もう誰にも」
男が言いかけたところで、その額に風穴が空く。花火のように血が広がり、その後続けて三発、彼の頭を撃ち抜く弾丸が、ジンの目の前を過ぎていった。
「お前の顔を見れてうれしいぜ、ジン・クロード・タリティアーノ」
ブラックである。彼は驚くほどいつも通りの顔つきで、焦る様子もなく歩み寄ってくると、足で男の死体を仰向けにした。
「だが一回きりで十分だな」
そう言うと、死体の顔に向けて残りの銃弾全てを撃ち込んだ。
「兄貴!!」
ウォッカが駆け込み、すぐにジンの方へ飛び付いた。ジンは声が出ないまま、ブラックに無惨な殺され方をした男の方へ目を向ける。
噂にきく走馬灯というものだろうか。小さな頃のことを思い出した。病室に母がいて、とても美しい人だった。彼女は日に日に痩せていき、いつ死ぬかわからない気がして、毎日顔を出した。
「ねぇ、ジン、おかしなことを聞くのだけど…もしお父さんと二人で暮らすことになって、明日にでも一人で飛行機乗ってロンドンへ行きなさいって言ったら、あなた行ける?お父さんの仕事場に行って、きちんとお父さんの名前言える?」
なんて答えたのかまでは、思い出せない。ただ翌日、母が何者かになぶられ、泣き叫びながら殺されたのを、ブラックの肩越しに見ていた気がする。