漆黒に染まった銀弾:13

「兄貴!!兄貴!!ど、どうなっちまってんだこれ…生きてるのか?」
ウォッカの声が響く。小さな公共トイレの中は血生臭く、妙な熱気がこもっている。
困惑と動揺が高じて声を荒げるウォッカはともかく、恐ろしいのは、先程人を殺したばかりで、目の前で可愛い息子と称したジンが撃たれて意識を失っているのに、全く動じる様子もなく煙草に火をつけるブラックだ。
「脈打ってるから生きてるさ。早くジャックのところへ」
「だ、だけど…本当に、兄貴なのか…」
「お前が駆けつけた時にはまだお前のよく知るジンだっただろうが。それに、そんな天使みたいな顔で寝るような奴が、この世に二人といるわけがないだろ。ほら、行くぞ」
ウォッカがジンを抱える。三人とも出ていき、用具室の前にはジン・クロード・タリティアーノと呼ばれた謎の男だけが残っているはずだった。
コナンと灰原は用心深く用具室から出て、死体に近づく。灰原が顔を青くして目をそらす。蜂の巣、という表現がぴったりなくらい男の顔は穴だらけで、元の顔がどんなものであったか判別するのは不可能である。
「ジン・クロード・タリティアーノ…」
「ねぇ、誰なのその男。彼がジンに話しかけてたのは聞こえたけど…あれじゃまるで…」
「あぁ…この男こそが、ジンの父親だったんだ」
複数の足音が近づいてくる。沖矢たちだ。彼らは血まみれの現場に踏み込むなり、顔をしかめた。
「ひどい…」
「ブラックだ」沖矢がつぶやく。「さっき向こうでDr.カーターも殺されていた。心臓に一発。無抵抗でもない人間相手に、あんな正確に撃ち抜くことができるのは奴くらいだろう」
「ジョナサンも…」
思わず舌打ちをした。少なくともコナン達より情報を多く持っていたであろうカードが、ブラック一人に二枚とも破り捨てられたのである。
パトカーの音が遠くに聞こえた。
「とにかくここを離れよう。俺たちは殺された人間の身元もわからなければ、殺した人間のことを話すわけにもいかない。だったら関わらないのがいい」
沖矢は反対側に住宅街へつながる道があるといい、先導きってその場を離れた。コナンはしばらく殺された男を見ていた。
「何してるのよ、早く」
灰原に急かされ、コナンもその場を後にした。
「で、どういうこと?一体何がどうなっているの」
帰りの車中、ジョディは口早にコナンを問い詰めた。
「俺たちの前で殺された男は、ジン・クロード・タリティアーノって呼ばれてた。殺される前に俺は顔を見たけど、クラウディオさんよりずっとジンに似ていたし、撃ったジンに、大きくなったなと声をかけてたことから、あの人がジンの父親で間違いない」
「えええっ!?」ジョディと阿笠博士の声が重なって響く。「でも、それならDr.カーターは?彼はそれなりに名前を知られていたし、黒澤サクラの夫だって…」
「でもそれって、黒澤サクラが殺された事件から出てきた名前なんじゃない?」
「ジン・クロードの存在が明らかにならない為に作られた、カモフラージュ用の架空人物ってわけか…」
沖矢は腕を組み、考え込む素振りを見せた。
「今回、クラウディオ・カーターになりすまして日本に来た男は、ジョナサンと名乗り、フリーメイソンのメンバーだと言っていた。それが本当かどうかは別として、イギリスを拠点とする何らかの組織が、ブラックを消す為に奴を追って日本に来てたことは確かだ」
コナンは自分の推察を話した。
おそらくクラウディオ・カーターが実在しないことは、末端であるジョナサンでさえ知らない。彼はクラウディオに代わり囮になる使命を受けて、スクラップノートやムービーは渡されたままに持ってきたのだろう。左利きかどうかなんて気にしなかったのか、偽物とばれても構わない任務として聞いていたのかは、もう聞くこともできないが。
だがあのムービーや写真も全て偽造されたもの。クラウディオ・カーターがあたかも実在し、黒澤陣を息子として愛していることを証拠付ける目的と、黒の組織を探っていると思わせる目的があった。黒澤陣として写っていた子供も全くの別人だろう。
コナンは、ジョナサンに指令を出したのは、ジン・クロード自身ではないかと考えている。ジンが実際持っているネックレスがムービーに出ていた為だ。ジンが大人になっても、息子を探すクラウディオ・カーターに対して何の反応も示さなかったのは、クラウディオの顔に見覚えがなかったのと、探し人として出ている子供の写真が自分の幼少時代とは違う顔だったから。それでもジン・クロードは、実の息子に気づいてほしかったのかもしれない。父親である自分が彼を探していることに。
浅草に行くことになったとジョナサンから聞いたジン・クロードは、何らかの方法でそれがブラックに伝わるよう細工した。考えやすいのはインターネットだろう。そしてジョナサンには自身の来日を明かさないまま、ブラックとジャックがジョナサンの方へ行っている間に、ジンとの接触を図った。
どんな方法を取ったのか、ブラックは途中でそれに気がつき、人力車を置いて引き返すところだったのだろう。お前のご主人様を殺しに行く、と言った為、ジョナサンもジン・クロードが来てるかもしれないと察したと思われる。
「ジン・クロードの目的はわからない…ジンを撃ったが、どれも急所を外していたから、殺すことが目的ではなかったはずなんだ」
倒れたジンに何かしたことは確かだが、あの穴からは見えなかったのだ。その直後、ジン・クロードは殺され、ジンはブラックとウォッカに連れていかれた。
「それで?コナン君はあの惨たらしい死体から、何を持ってきたんだい?」
沖矢に言われ、体が強張った。先導きってその場を離れた彼にばれているとは思わなかったのだ。
「えっと…そんな大したものじゃないんだけど…」
ハンカチで包んだそれを広げて見せて、コナンは苦笑した。若い頃のジン・クロードと、幼い銀髪の少年が並んだ写真である。今まで見てきた黒澤陣とは違う少年だが、もっと繊細そうで美しい顔立ちをしている。
「でもやっぱ違ぇかも…これがジンとは思えねぇし」
「そう?今まで見てた子は似ても似つかないと思ったけど、その子供なら、面影あると思うわよ?」
横から覗き見た灰原がそう言ったので、コナンは驚いた。ジョディも見たいと言うので手渡すと、彼女もこの子供なら納得がいくと言う。コナンと沖矢にはよくわからなかった。