漆黒に染まった銀弾:14

浅草で身元不明の死体が二体見つかった事件は、詳細までは報道されなかった。クラウディオ・カーターが殺されたことを知った小五郎は、一億円がパァになったとやけ酒を飲んでいたが、実際は全く何の手がかりも見つけられなかったのだから、ほっとしているようにも見えた。
それは蘭も同じである。
「よくわからないけど、きっと怖い事件に巻き込まれるところだったのよ…だっておかしいもの。その依頼人も殺されちゃって、奥さんの方も昔殺されちゃってるんでしょう?本当、今回の事件にはコナン君が巻き込まれてなくてよかった」
胸に刺さる。ちょうど今から阿笠博士の家に行って、沖矢やジョディと情報交換するところなのだ。
悪い、蘭…でももしかしたらこれで、奴等にぐっと近づけるかもしれねぇんだ。
「じゃ、蘭姉ちゃん行ってきまーす」
浅草の事件から既に三週間近く過ぎており、春の季節も終わり、近づくゴールデンウィークに世間は浮き足立っている。ジンもブラックもあれきり、尻尾を見せるどころか匂いもない。ジンは死んだのだろうか。
阿笠博士の家にはまだFBIの二人は来ておらず、パソコンにつきっきりの阿笠博士と灰原がいた。ちょうどいいと思い、コナンはジンがブラック達に連れていかれた時のことを話した。
「妙なんだ…ジンはいくら細身といえ、一般的な成人男性より背は高い。さらに腰まで伸びた長い銀髪も特徴的だ」
「そうね…それが今さらどうしたの?」
「それが、ブラックに命じられてウォッカがジンを抱えて行ったんだが、一人でひょいと持ち上げたんだ。しかもそのウォッカの背中で、肝心のジンは隠れて全く見えなかった…」
意識のない人間を抱えるのはなかなかの重労働だ。特にそれが成人男性の場合、いくら細身でも二人がかりで運ぶのが一般的だ。
ウォッカに比べたらジンの体は細いだろう。だがジンの方が背は高い。自分より背の高い男を持ち上げると、どうしたって足や首が背中の幅から垂れて、後ろからも見えるはず。妙な抱き方になってしまい、ジンがウォッカの腕の中で足を折り首を丸める形になっていたとしても、ジン・クロードの血飛沫がべったりついて汚れてしまった銀髪が覗けるはずなのである。
「本当はジンは自力で脱出して、ウォッカは衣類だけ持って帰ったとか?」
「あのトイレに出入り口はあそこしかなかったし、実際見たら、あのブラックって奴がジンを放って帰るなんてありえねーよ。奴の異常ぶりは噂以上だ」
「でも、鞄も何も持っていなかったのでしょ?」
灰原とコナンが眉間に皺寄せ、俯いて考えているところに、沖矢が忍び寄る。
「肉体の幼児化…なんて仮説はどうだ」
二人は息を呑み、彼に目を向けた。
「調べたぞ。ジン・クロードについてはなかなか情報を得るのは難しかったからな…黒澤サクラの方を」
沖矢はコナンから借りていた、ジン・クロードと幼きジンの写真をテーブルに置き、その隣に黒澤サクラの写真を並べた。黒澤サクラは色素の薄い、いかにも病弱そうな女性で、灰原いわく耳の形がジンと同じだった。
「黒澤サクラは一度も組織を抜けたことはない。彼女がイタリアに行ったのは、スパイ活動の為だな」
「スパイ…ジョナサンや、ジン・クロードのいた組織に、か」
「スパイ活動の間に子供を産んでいる。しばらくして組織に戻るよう指示が出されるわけだが、その理由は、子供の父親である男もスパイとして彼女に近づいたことがわかったからだ」
血なまぐさいトイレで、ジン・クロードが言った言葉が、脳裏をよぎる。
わたし達は騙し合いの夫婦だが…
「スパイ同士でお互い腹の内を探りながら夫婦を演じてた二人に、不運にも子供ができてしまった…中絶すると怪しまれると思ったのか、まだ活動が長引くと判断したのか、その子供を産む選択をしたってわけね」
「黒澤サクラは、アポトキシン4869の開発に噛んでいた。その黒澤サクラ個人にスパイが付いたということは、ジン・クロード達が欲しがった情報は薬のデータだろう」
ジン・クロードが黒澤サクラからデータを盗んでいたとしたら、黒の組織とは別に研究と開発を続けて、同じような薬を生み出している可能性はある。いや、もしかしたら黒の組織より進んだ、完成品に近い薬を持っているのかもしれなかった。ジン・クロードが毒薬だと思って飲ませたとしたら、なぜ銃殺でなく毒殺でなければならなかったのか、説明が難しいだろう。彼はその薬が毒薬でなく、服用者の体に何らかの変化を与えるものと知っていて、ジンを殺さず服用させたのかもしれない。
だが、もしそうなら。
「ジンが同じように幼児化したとなったら、やべぇな…アポトキシンにもその可能性があると気づかれちまうかもしれねぇ」
「そうだな」沖矢は特に危機感もなくあっさり頷く。「だが、考えようによってはチャンスかもしれない。例えば、だ。幼児化したジンをこちらで拉致する。ブラックを思いがまま使えたら、きっと多くの情報を引っ張り出せる」
「あの男を思いがまま、ねぇ」
コナンは思わず苦笑した。ブラックならジンが誘拐されたとわかった時点で、次々と疑わしい人間を殺していくだろう。あの男は呼吸するように人間を殺してきたに違いない。ジン以外の人間が死のうが何しようが、全く問題がなさそうだった。
だが沖矢の言うこともあながち間違いではない。考えようによっては最大のチャンスである。ジンがどうなったにせよ、手負いの彼をひとり町に放り投げることはしないだろう。きっと護衛なり付き添いなり仲間がつく。ウォッカかブラックの可能性が高いが、幸いコナンはどちらも顔を知っているのだから。