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漆黒に染まった銀弾:17

銀髪の少年はジャック・ジェイムズと書かれた名札をつけている。それは合宿運営委員会の人から配られたもので、今回の参加者はみんな左胸につけているものだ。
「ジャック君っていうのね」
「荷物重たそうね?お姉さんが持ってあげよっか?」
女子高生とはしつこい生き物である。彼の気をなんとか惹きたくて、俯き黙りこむ彼にじりじり寄っていく。
「わたしたちも誘おうよ、あの子!!」
園子が嬉々として割り込んでいこうとするのを、コナンより先に蘭が止めた。
「ねぇやめようよ…あの子怖がってるみたいだし。なんか顔色悪いよ」
実際、ジャックは爪が食い込むほどショルダーバッグを握りしめ、うっすら冷や汗さえ掻いている。
「はいはーい、ジャック!!どこに行ってもモテモテだな君は!!こっちおいで!!」
コナン達が乗ったものとは違うバスから、大きな荷物を二つ抱えた男が、実によく通る声で言った。垂れ目で優しそうな、しかし地味な男である。ジャックの付き添いには相応しくないと、その場にいる女子高生達はみんな思っただろう。
しかし、ジャックはショルダーバッグを握りしめたまま、どこかホッとした表情で彼のもとへ駆けていった。
「お兄さん…かな」二人の背中を見ながら、歩美がつぶやいた。
「違いますよ。だってジャック君はお人形さんみたいな外国人でしたが、あのお兄さんは日本人ですし…名札にも漢字が並んでいましたよ」
光彦が得意気に指を立てる。先程の短い時間で名札にまで目をやっていたとは。コナンは密かに感心していた。
ジャックと、剱崎英一の名札をつけた男は、コナンたちと同じ大部屋だった。階段上になったところへ簡易ベッドが並べられ、縦に三つ、横に五つの十五人用。その内三つは運営委員会の人間が就寝する用のもので、参加者は十二人。ジャックと剱崎は一番入り口から遠い端のベッドだった。
「お、さっきの奴いるじゃねぇか」
元太が彼に駆け寄ろうとしたので、コナンは慌てて止めた。
「さ、さっきも嫌そうだったじゃねぇか…やめとこうぜ」
元太と光彦は不思議そうに顔を見合わせた後、にやも笑った。
「さてはコナン君…ジャック君が女性にモテモテだから、嫉妬していますね」
「凹むなよコナン!!お前もまぁまぁだと思うぜ」
ま、まぁ…それでもいいけど…。
「ほら、歩美ちゃん達も待ってるだろうから行こうぜ…夕飯のカレー作りの為に、まずは薪拾いって書いてただろ」
コナンは二人と阿笠博士を連れて、人数確認をした内庭へ向かった。何人か待ち遠しそうに準備万端な者もいたが、歩美達はまだ来ていなかった。
全員揃ったところで運営委員会の人間が山の中のルートを説明し、薪拾い用の新しい地図を配った。
「よぉーし!!たくさん拾うぞ!!」
「おいしいカレー作ろうね!!」
子供達は拳を突き上げ、楽しそうだ。コナンは何だか疲れていた。
レジャーに使うというからもう少し易しい道を用意していると思っていたのだが、その読みは甘かったようだ。元太と阿笠博士はすぐに音を上げるし、歩美は転んで足をくじいた。昨日の夜まで雨が降っていたらしく、薪に使えそうな枝がほとんどない。
「当日晴れたから予定通り決行したものの、山の中はまだ乾いてなくて、カレー作れない…なんてことになりそうだ」
「愚の骨頂ね」コナンのつぶやきを聞きながら、灰原は苛々していた。「そもそも運営委員会の彼らもボランティアで参加してるみたいだけど、下心が丸見えなのよ。あわよくば他の大学の女の子や女子高生とお近づきになろうってね」
「まぁでも…薪なんかなくたって、火を興せるように何か考えてあるだろ」
「何も考えてないみたいだよ」
頭の上からか細い声が降ってきたので、驚いて顔を上げた。灰原は小さく息を呑み、コナンの小さな背中に隠れる。
ジャックと剱崎英一だ。立ち入り禁止の場所にはあらかじめ赤いロープが張られているのだが、彼らはその内側にいた。
「あ、美少年」
疲れはてていたはずの園子の顔が明るくなる。
「あの、そっちは危ないから入っちゃだめなんですよ」蘭は少し怒った口調で、剱崎に言った。「早くジャック君と降りてきてください」
「あぁ、でも、その辺の道に落ちてきてる枝じゃあ湿って使えないでしょう?」
剱崎は悪びれる様子もなく、へらへら笑いながら言った。
「上の方ならちょっと日の差すところがありますから、まだ薪に使えそうですよ。子供のイベントとはいえ、こういうのは本気でやらないとね」
「あの、そういうことじゃなくて…子供達が危ないところに行かないように見ているのが保護者の役割でしょう!?」
「そっちの道の方がよっぽど危ないと思うけど」
それまで黙って足元の枝を拾っていたジャックが、蘭の足下を指した。
「土砂が流れ出て、道に泥や落ち葉があるから滑りやすい。幅は広いけど右手側は急斜面だし、そっちにはロープもガードレールもないから、子供が足を滑らせて落ちたりなんかしたら、ろくに掴むものもなくて真っ逆さまさ。それならバカな運営委員会の張ったロープなんて無視して、岩のある足場を選んで上がった方がいいよ。朝方は気温が上がったから、岩の上の泥は乾いているしね」
「ば、バカな運営委員会…」阿笠博士が苦笑する。「そこまで言わんでも」
「運営委員会に責任がないのだとしたら、企画者であるこの山の持ち主がバカだね。交流イベントなんて言って子供達に楽しんでもらおうとするのはいいけど、お金ケチってボランティアの大学生で回そうとして、結局こうやって安全な道をロープで塞ぐようなことが起きてるじゃないか。その内死人でも出るさ」
顔色ひとつ変えずすらすら喋るその姿は、どうもあのジンと結び付かなかった。だが見た目はジン・クロードと写っていた幼少期のジンである。奴が幼児化した説が正しければ間違いなさそうなのだが…。
灰原も何かを探るように彼を睨み付けるが、黒の組織の人間を前にした時のような怯えは見えない。
ジン…じゃないのか?
「まぁまぁまぁまぁ!」剱崎が重苦しい空気を絶ちきるように、声を張り上げた。「ハプニングがあった方が思い出に残るし、いいじゃないか!!ジャックが結構集めたし、よかったら君達に薪を分けるよ!!」
コナンと灰原は腹の底が冷える思いがした。もしかしてカレーを一緒に作るはめになるのか?
「なんかもっと王子様みたいな子だと思ってたけど、想像と違ったわね」
山を降りる道中、結局別れて降りていったあの二人のことで、話題はもちきりだった。園子は珍しい銀髪に神秘的なものを期待していたのか、ひどくがっかりした様子である。
「でもなんかコナン君みたい」歩美が少し顔を赤くしてつぶやく。「自信満々で、頭よさそうで…でも、やっぱり歩美はコナン君の方がいいなぁ」
「そうかぁ?」元太と光彦が不機嫌そうに睨んでくるが、コナンは何もかも聞こえなかったふりをした。
カレー作りで彼らが合流してくることはなかったが、すぐ隣のスペースで作業していたので嫌でも目についた。剱崎英一は一人でずっと喋っている。
ジャック見ろよ、すぐ火がついた。やっぱり天才っていうのは色んなとこでその芽を出すんだな…おいジャックなんだその切り方、バーベキューとかしたことないのか?おいジャック、この鍋ずいぶん底が薄いぞ、穴が空かないかなぁ…
こんな具合で、延々と一人で話し続けているのである。ジャックは不機嫌そうに顔を歪め、まったく答えない。何か義務でも課されたように黙々とカレーを作っている。
コナン達は人数が多かったので作るカレーの量も多く、できたのも他のグループより遅めだった。そろそろできるぞ、と阿笠博士が嬉々として声を上げた時に、あのぅ…と剱崎英一が申し訳なさそうに歩み寄ってきた。
「どうされました?」
「すみません…もしカレー余るようなことあったら、ちょっと分けていただけないかと…」
「ええ!?」園子が口を挟む。「だって、すぐ隣であなた達も作っていたじゃない!!もしかしてもう食べちゃったの?」
「あー…いやぁ…」
言いにくそうな苦笑いの剱崎を押し退け、ジャックが冷たい声で言った。
「こいつが鍋をひっくり返したんだ。最後の最後、皿に移しかえる時にね…」
よく見るとジャックの白いシャツには、ところどころカレーが飛び散ったような汚れがついている。剱崎は恥ずかしそうに頭を掻き、これもオンリーワンの思い出ってことで!と明るく言った。
「お前のそういうところ、ほんと尊敬するよ…腸が煮えくり返りそうなほど」
ジャックはむすっとしたまま腕を組んだが、直後に小さなお腹から大きな音が悲しそうに響いた。