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漆黒に染まった銀弾:20

違和感がずっと拭えなかったのは、ブラックを最初に見た時だ。
クラウディオの格好をしたジョナサンが目の前に現れて、ブラックとジャックだな、と声をかけた、あの二人。あの時のブラックはやけに焦っていた。そして
「誰だこいつ、おい殺していいのか!?」
確かにそう言ったのだ。
だがトイレで会ったブラックは、動揺を一切感じさせない冷徹な人間。目の前でジンが撃たれようと妙な薬を打たれようと、全く慌てなかった。そして言い訳する間も与えずジン・クロードを殺した。迅速に状況を判断して、殺すべき者を確実に殺す、といった印象だった。
殺していいのか!?なんてまず聞かないだろう。殺していいのか、なんて迷いも奴の頭にはないかもしれない。
クラウディオの格好に対して、誰だこいつ!?も不自然だ。架空の人物だったとはいえ、クラウディオの顔は息子を探す王室御用達の名医として知られていた。あれが本物のブラックであったなら、その人物が架空であると知っていても知らなくても、その顔を見たら殺すべき相手と容易に判断できる。少なくとも知り合いでない限りは敵とみなせる。
あれはブラックではない。となれば、一緒にいた奴もジャックでない可能性が高い。
では誰なのか。
ジョナサンが言っていた。ブラックは人を殺しすぎた、女王様もお冠だ、と。偽物がわざわざ人の集まるところに出てくるのは、本物をおびき寄せる為だと相場が決まっている。彼らはブラックとジャックを呼び出したかった、イギリス王室も関わる裏組織の人間だろう。クラウディオという人物を作ったのはおそらくその組織で、彼が目の前に現れることなどありえないことを知っていた。あれはクラウディオに対しての誰だこいつ!?ではなく、クラウディオに変装しているのは誰だ!?ということだったのだろう。ブラック達をおびき寄せる為にわざわざ目立つ人力車に乗っていたところ、何らかの情報で本物が来ていることを知った。それで焦っていた。人を殺すことに関しては天才だと名高いブラックをいざ相手にするとなると、装備を厳重にしなければ怖くなった。だが万全な状態を用意するより先に、ジョナサンが来た。
装備が間に合わなかった人間が、心臓など撃ち抜けるはずがない。あの時殺されたのはブラックかジャックに成り済ました男で、殺したのはジョナサンだ。そのため死体は身元不明と発表された。あれだけインターネットで顔を晒していたクラウディオが死んでいたなら、警察も身元確認で気づかないはずがない。そしてクラウディオの存在はインターネットで訃報を伝えることにより抹消される。死体も現場も確認できなかったコナンは、クラウディオの格好をしたジョナサンが殺されたと思い込まされる。もう一人の死体はどう処理したのかはわからないが、きっと彼も殺されているだろう。
そして、トイレでジンを撃ったジン・クロード。これもおそらく偽物。あれだけ顔面に銃弾をぶちこまれてもマスクらしいものが剥がれなかったということは、整形でもしたのか。ジンの父親であるジン・クロード・タリティアーノに成り済まし、息子のジンに接触を図り、本物のお出ましを期待した。
だが奴らはきっと知らなかったのだ。見たことのないジャックが子供であること、それが本物のジン・クロード・タリティアーノだったことを。だからブラックの偽物は変装ができても、ジャックの方は似せることが不可能だった。そして偽物を別々に用意したことで、それを知らないことをブラックやジャックに知らせてしまった。
「トイレでジンを撃ち、注射を打ったあの男は、あたかも自分がジンの父親であるように話しかけ、懐には本物の写真も忍ばせていた。あれはもし本物が出てこなかった時に、ジンをそのまま連れて帰る予定だったんだろ。ジンに打った薬の経過を確認する為と、本物のジン・クロード・タリティアーノとの交渉に使うために」
ブラックがあれほど躊躇なく発砲したのが誤算だったようだが。
黒澤サクラとジン・クロードはスパイ同士の偽りの夫婦…ジン・クロードの方は黒澤サクラが関わっていたと思われる薬のデータを欲しがっていたことから、そちらの組織でも似たような新薬の開発を目論んでいたことは容易に想像できる。そしてジン・クロードはどこかの段階で裏切り、黒の組織に寝返った。女王の手下が血眼で彼らを探すのは、その際にジン・クロードが重大な情報を盗んだ為と思われる。
目の前でジンが幼児化したはずのブラックは、知っていたのだ。人間が幼児化する薬がこの世に存在することを。自分の相方がそれを飲んでいることを。だから動揺などしなかった。
「おそらくブラックにとっては二度めだったんだろ…目の前で人の体が縮んで、子供になっていくのを見たのは」
コナンとジャックは階段の踊り場で向かい合っていた。ジュースを飲み終った後に風呂に入り、就寝時間が過ぎたらここで会うことを約束していた。階段の上では禁煙表示を無視して煙草を吸う剱崎がいる。本当は阿笠博士も来る予定だったが、起きないのでベッドに置いてきた。
コナンの推理を聞いても、ジャックはちっとも驚きなどしなかった。懐かしそうな眼差しで、天窓からわずかに見える朧気な月を見ている。
「そう、君の言うとおり、俺はブラックの前で薬を飲んだ。だが知らなかったんだ、こんな姿になる薬だなんて。その類いの薬を開発してることは知っていたが、失敗作が山のようにあるとしか聞いてなかったし、それを飲めば確実に死ぬらしいと聞いていた。だからブラックに会う前に、俺はそれをくすねたのさ」
灰原と同じか…と思った。彼女も死ぬつもりで薬を飲んで、今の姿になった。
「ブラックの前で自殺を図った男が、何で子供の姿で相棒やってんだよ」
呆れて溜め息混じりに尋ねると、ジャックはコナンに目を向けた。
「君は本当の歳は高校生だから、まだ結婚もしてないし、子供もいないかな?」
一瞬、蘭の顔が浮かび、顔が熱くなった。
「あっ、あたりめーだろ!!まだ学生だ!!」
「なら覚えていたまえ」ジャックは自嘲気味に笑った。「子供という存在は天使にも悪魔にもなる…親という生き物を強くして、脆くするんだ…」
幼いジャックは、ぽつり、ぽつり、と冷たい小雨のように静かに話し出した。
「俺とサクラは、偽りの夫婦を演じ、お互いにお互いの尻尾を追いかけあって毎日をすり減らしていた、愛情も同情もない二人だった。子供ができたと言われた時も、好都合だと思ったんだ…これでスパイ活動が少しは楽になるかもしれない、子供を言い訳に使える、とね。
だが自分の子供があんなに可愛く思えるなんて、誤算だった。子供をスパイ活動の言い訳に使うどころか、毎日家に帰ってやれないことや、ろくに思い出も残してやれないこんな父親のところに生まれた彼が不憫に思えてきて…組織の忠犬だった俺が、せめてジンはどこか孤児施設に預けて組織から遠ざけられないかと考えるようになった。
だが俺のその思惑に勘が働きやがったのか、あの女、ジンを連れて別れの挨拶もなしに高飛びしたんだ」
黒澤サクラが組織に戻る指示を受けたのだと、沖矢は言っていた。ジンについて具体的な指令があったのかわからないが、彼女もまた、表面だけの夫は簡単に捨てて、息子のジンは捨てることができなかったのかもしれない。
「そこからの俺は気が狂ったようにあの女を探したよ。正確にはジンを断りなしに連れ去った女を殺してでも、ジンを奪い去るつもりだったんだ。だがサクラは殺された。ジンも当然殺されたと思って、俺の生き甲斐はブラックへの復讐だけになった」
「ところがジンは生きていた…ブラックに生かされていた」
剱崎の声が煙草の匂いに包まれて、ゆらりと落ちてくる。二人は顔を上げ、月明かりにぼんやり浮かぶ微笑みを見た。
ジャックは小さく肩をすくめた。
「ようやくブラックを見つけたと思って、死ぬつもりで殺しに行ったが、まるで刃が立たなかった。あいつはあの時俺を殺す気なんてなかったらしいが、俺はそんな施しほしくなかったからね…それで薬を飲んだ」
意識を失い、どれくらい時間が経ったかわからない頃に目が覚めて、その時に初めて薬の効果を見たのだと言う。
目覚めたジン・クロードを世話していたのは、他でもないブラック。そしてその部屋をたまに出入りしていたのは、まだブラックから独立していなかったジンだった。
「大きくなっていたが、一目見てわかった。ジンの方は当然俺が父親だなんて考えたこともないだろうし、そもそも父親の顔も覚えてはいないようだったが、それでも色んな小さな特徴が、間違いなくジンだと俺に訴えていた」
その際にブラックから提案された。一緒に働けば身近についていてやれるぞ、と。まるで悪魔の囁きである。だが、その時のジン・クロードにとって重要なのはブラックが復讐の相手であるかどうかよりも、ジンが生きているということだった。すっかり闇社会に馴染んで、足は洗えそうにないほど真っ黒になっているようだったが、実の父親である自分も所詮裏の世界で生きる人間、こちらで育てていても同じ結果があった気もした。
「おいおい、まさかそれで」
コナンが睨み付けると、ジャックは悪びれる様子もなく、あっさり頷く。
「話に乗った。言っただろ?子供っていうのは天使にも悪魔にもなる…あの時のジンは俺にとって、天使の皮をかぶった悪魔だったってわけ」
「それで?海外に仕事行かなくちゃいけなくなったブラックに置いて行かれたお前は、栄太郎くんとして学校に入って、ブラックが日本に帰ってきたら転校したってわけか」
コナンの姿になってから、何度か経験した不便である。それは身分証。特にパスポートは誤魔化しがきかないので、新一に戻るか諦めるかしなければならない。ジャックはパスポートを持っていなかったから、海外には付いていかなかった。そして朱里が言っていた親戚のお兄さんは、仕事の合間に帰国していたブラック。小学生と話しているところを見られないよう、裏口で窓越しに話していたのだろう。体が弱いことにしたのはいつでも学校を抜け出せられるように。
「朱里ちゃんが来てたのは計算外だったな…わざわざ埼玉から参加するとは思わなかった…」
ジャックが顔をひきつらせるのを見て、頭上から乾いた笑い声が降ってきた。
「あんたがわざわざ髪も目もそのまま、目立って仕方ないその姿で来たのは、ジンを狙う奴らをおびき寄せる為か」
「そう、来なかったけどね…裏切り者の俺の首を持って帰れなかった奴らなら、薬の検体になるジンを何としてでも女王の土産にしたいだろうからな」
だけど、と彼は顔をしかめた。どうしたものかまったく困ったものだ、とでも言いたそうな、憐れな顔だった。
「お困りだろうな…ジンが逃げたんだから」
にやにやと意地悪な笑みを浮かべてコナンが言うと、ジャックも釣られるように口元を歪めて笑った。
「逃げただけならまだしも…あの薬はひどい失敗作だったようでね…副作用で記憶障害が…」