漆黒に染まった銀弾:23

ジンの意識が戻ったことを聞き、医者はいくつか彼に質問をし、鎮痛剤と化膿止めの薬を点滴で打った。コナン達が彼に構わず勝手に話をしていても、ジンはひとりでミニカーをまじまじと見つめ大人しくしており、その内薬の副作用でぐっすり眠った。
ジャックはそこにいたキャメルを追い払い、ベッド脇の椅子に座った。
「二十五年前…サクラが殺される前、ジンは一人で俺のとこまで来る予定だったんだ」
少年の胸の上で不安定に停まっていたミニカーをつまみあげ、サイドテーブルに移しながら、彼は切り出した。
「サクラから電報が届いた。ジンから連絡があった時の為に、一緒に暮らしていた部屋は解約してなかったから、すんなりそれを受けとることはできたよ。
まずこれが罠なんかではないから真面目に読んでほしいという懇願と、何者かがジンを狙っている旨があった。その後で、夏休みの時期になったら子供ひとり空港をうろついても目立たないから、ジンにひとりでロンドンに向かわせる…だから空港まで迎えに来てあげてほしい…そういったことが記されてた」
「つまり、ジンの記憶はその出発直前のところまで戻ってるってことか」
父親はロンドンで待っているはずだ、となんとも不安そうに答えた少年を思い出す。
「結局、ジンは飛行機にも乗らなかったみたいだがな…サクラが死んだのは搭乗予定だった日の前夜…その時住んでた借家は全焼してしまって、他の住人も何人か焼死体で見つかったから、俺はその中にジンも含まれているのだと思った」
「自分の目で確かめようと思わなかったのかね?」
責めるでもなく、単調な口調でジェイムズが尋ねた。ジャックは首を振る。
「俺も組織からの監視がきつかった時だったから、それは難しかった。それに、ジンは戸籍がないからな…存在しない子供を探してくれ、なんて、誰も真に受けちゃくれないだろう」
ジャックがジンの額を拭い、何かを見つけたように目を見張った。ジンの首もとで揺れるネックレスだ。
「…こんなの持ってたかな?」
コナン達は顔を見合わせる。
「それは黒澤サクラがジンに遺したやつだって、ジョナサンがクラウディオとして毛利小五郎のところに来た時に言っていたぞ。まぁ、偽物のホームビデオで出てただけで、どこまで本当だったのかはわからないが。
そのビデオでは、クラウディオがサクラにプレゼントしたことになっていた」
「へぇ…じゃあ、このネックレスに何かデータでも隠されているのかな」
ジャックは興味深そうにネックレスをじっと見つめたが、それられしいメッセージも暗号も見つからなかったのか、顔を歪める。沖矢もコナンもベッドに駆け寄り、少年の首もとを見た。
銀色の、それほど高価なものにも見えない、羽根をモチーフにしたトップのネックレス。特徴的なのは、羽根の軸の部分が長目で、羽毛部分が少ない。
「わざわざネックレスを思い出の品として印象づけたってことは、奴らがジンを探し始めた理由にもつながるのかもしれない」
コナンはそっとジンの首の下に手を忍ばせ、ネックレスを外しながら頷いた。
「ジャックがこれのことを知らないなら、このネックレスに、盗まれたデータか重要な手がかりが隠されている可能性が高いからな」
留め具の部分に目を凝らすと、シリアルナンバーのようなものが書いてある。裏側にはいくつか窪みがあるだけで、特にヒントらしいものはない。
「黒澤サクラがどういう状況でこれをジンに渡したかにもよるな…もしかしたらその時何か言ったかもしれない、データを隠した場所を示すことを」
コナンがシリアルナンバーをメモに書き写しているところで、ジンの目がうっすら開いた。
「あ、ジンが…」
キャメルがすぐに気付いたが、遅かった。ジンはコナンが自分のネックレスを持っていることに気付き、奪い返そうと身を起こしたのだが、バランスを崩してしまった。ジャックが慌てて手を伸ばすが、子供の小さな手ではどうにもならず、ジンはベッドから落ちてしまう。
「ジン!!」
点滴も外れて、ナースコールが勝手に鳴った。
「大丈夫かい?痛かっただろう」
キャメルがすぐに飛びつき、痛みでうずくまるジンの背中を、大きな手で撫でてあげる。肩の傷口が開いてしまったのか、じわりと血が滲み始める。
すぐに看護師が二人飛んできて、処置を始めた。その場にいた全員がひどく怒られ、半ば追い出されるような形で、その日は解散となった。
そして退院の日。コナンはまだ蘭に泊まり込みの許可を得てなかったので、実家で沖矢といた。
「さっきジェイムズさんから連絡があった。新しく借りたマンションで保護することになったが、キャメルにすっかりなついて、ジェイムズやジョディとは目も合わせないらしい」
「昨日のことがあったからかな…あの時ジンのこと心配して寄ったの、キャメル捜査官だけだったし」
「ネックレスを返すよう促したのもキャメルだったからな…彼は人情が捨てきれず甘いところも多々あるが、人の懐に飛び込むのはうまいかもしれない」
確かに赤井さんは子供には好かれないかもしれないな、と思った。口には出さないが、あの歩美や光彦や元太でさえ、彼に対しては一線引いてる節がある。
一方、ジェイムズとジョディと合流し、ジャックとジンを連れてマンションに向かうキャメルは困っていた。ジンの足にはまだ切りつけられた時の傷があり、歩くのが辛そうだったので抱き上げたのだが、ジンは余程キャメルを信頼しているらしくしがみついて離れず、車の中でも膝の上に載せていた。隣でそれを睨み付けるジャックは今にもピストルでも取り出して、キャメルの頭を撃ち抜きそうな気迫があった。
「知らなかったわ、キャメルがそんなに子供にモテる人だったなんて」
助手席からジョディがからかう。ジンは自分を支えるキャメルの腕に、ミニカーを走らせている。
「自分もどうしてこんなに好かれているのか…でも、あれですね。この子は大人しいし、きちんと言うことも聞いてくれるから、こういう感じだと子供もかわいいものですね」
「親の躾がいいのでね」
ジャックが低い声で言った。こちらの子供は全くかわいくないと思った。
「それよりジャック…君は我々と一緒にいて大丈夫なのか?ブラックはどうしているんだ」
ジェイムズがバックミラー越しに探りの目を向け、ジャックもそれを受け止めた。
「ブラックは解毒剤を探しているだろうな…今のところ連絡ないから、まだ進展はないみたいだが…とりあえず俺がジンの傍にいることは伝えてあるし、こっちに潜り込んでいることにしているから、あいつがあんたらに手出ししてくることはないはずだ」
「信用していいのかしら?」
ジョディが微笑む。ジャックも真似して唇の両端を引いた。
「ジンの無事を保証してくれている間はね…」
姿形は子供だが、闇社会に染まっていることはその瞳が示していた。キャメルは背筋の震える思いがした。ひとり息子であるジンの為だと言って、この男は一体何人殺してきたのだろう…。
マンションはすぐに見えてきた。五階の部屋で、四人で暮らすにはちょうどいいくらいの広さである。ベランダの窓を防弾ガラスに取り換え、カーテンを遮光カーテンにし、玄関の覗き穴を塞ぎ、チェーンロックを頑丈にした。風呂とトイレとジョディの部屋以外にカメラを取り付け、疑似家族の生活はスタートを切った。