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漆黒に染まった銀弾:27

七月三十日。ジェイムズとジョディは灰原哀の護衛の為に工藤邸の留守を任され、キャメル、ジャック、コナン、沖矢、ジンは、レンタカーで帝都動物園に向かった。ハヤブサショーは午後二時から。日曜日の午後は混むだろうということで、午前十一時に家を出た。ジャックは帽子を深く被り、牛乳の底のような分厚い眼鏡をかけている。
キャメルが運転席に座るので、助手席に沖矢が座るものだと思っていたのだが、コナンが座ったので困惑した。
「夫婦でもないのに隣に並ぶ必要もないだろう」
彼は冗談めかして笑った後、後部座席に乗り込みジンを膝に乗せたので、キャメルはとても驚かされた。記憶を失い子供になっているとはいえ、恋人の仇そのものであるのに、彼は平静でいられるのだろうか。
ジンの荷物は決まっていた。ネックレスを首にかけて、ミニカーを左手に、羽根を右手に持っている。
「そのミニカー、とても大事に持っているんだね」
沖矢が声かけると、ジンは警戒心丸出しの目をちらりと向けただけで、何も答えなかった。
「…どこかコンビニで、沖矢さんと俺、変わりましょうか?」
「いや、向こうで昼飯食べるなら急いだ方がいいだろ。パンフレットも早く見たいしな」
ジンに無視されたことを何とも思っていないのか、沖矢は笑ってそう言い、めげずにそれからも何度か声かけていた。しかしジンは居心地悪そうにするばかりで答えず、たびたびバックミラー越しにキャメルを見つめる。寂しそうな悲しそうなその目に、キャメルは心痛むばかりだった。
帝都動物園に着くと、運転席から降りたキャメルにジンが飛びついた。キャメルは当然のように彼を抱き上げ、入り口へ向かう。
「あのさ、六歳の子供に抱き癖ついたらいけないから、そんな甘やかさないでもらえないかな」
ジャックが冷たく言い放ったが、ジンが離れたがらないのだから仕方ない。それに、治りかけているとはいえ、足を怪我していたのだ。また傷が開いてもいけないし…などなど心中で言い訳を散々しながら、自分にだけ甘えて笑いかけてくれる子供の可愛さに心はすっかり奪われていた。
結局、キャメルはジンを抱きかかえたまま入場した。
「俺もどちらか抱っこした方がいいだろうか?」
沖矢がそんな笑えないジョークを言うので、ジャックとコナンは必死で首を振った。
家族連れが多く、どの檻にも子供がへばりついている。たまにジンの汗を拭いてやりながら、キャメルは象や虎やライオンなど人混み掻き分けながら見せてやった。
「動物園は初めてかい?」
キャメルが尋ねると、ジンは頷いた。
「好きな動物は?」
「………ねこ」
「そっかぁ。でも猫は動物園にいないんだ。残念だなぁ」
ジンが本当に残念そうな顔をしたので、フラミンゴの前で風船を配っているのを指して、貰いに行こうと言った。
「ほら、君たちも貰いに行ってこい」
三歩ほど引いて様子を見ていた沖矢が、二人の小さな背中を押す。ジャックとコナンはどこか日陰で休みたかったのだが、キャメルとジンの様子だと昼過ぎまで動物の檻を巡りそうである。
風船を配っていた係員の男は、ジンを見てにっこり笑った。
「こんにちは!!休日のパパに甘えているのかい?」
赤い風船を受け取りながら、ジンは不思議そうに彼をじっと見つめる。
「でももう赤ちゃんじゃないんだから、自分で歩いて楽しむことも覚えてほしいな!!自由に好きな動物見に行けるのも素敵だよ!!」
ジンが何か言いかけたところで、係員はコナンとジャックの方へ風船を持っていった。
「はい、君たちも!!」
コナンのは白い風船にパンダのシルエットがプリントされている。ジャックは黄色に虎のプリント。空に飛んでしまわないように、子供が手首にはめられる形になっていた。
風船の束を持ったまま、係員はパンダの檻の方へ移動していった。
「さすがに六歳の子をずっと抱っこしてたらおかしいですかね?」
キャメルが恥ずかしそうに沖矢に尋ねる。沖矢は、アメリカだとそんなに目立たないんだがな、と答えた後、係員の消えていった方を見つめた。
「妙だと思わないか」
「え?」
「キャメルとジンを見て、彼は当たり前のように日本語で話しかけてきただろ?二人ともどう見たって日本人には見えないだろうに…」
言われてキャメルも気がつく。続けてコナンが口を開いた。
「しかもジンの足には包帯がまだ巻いてあったのに、歩けることを知っているかのような口ぶりだったな…」
「風船の束だけ持ってるのも変だしな」ジャックが鼻を鳴らす。「ガスのタンクも予備の風船もなし…まるで俺らがこっちに来るのを見計らって、適当な数だけ掴んできたような」
「あ、後を追いますか!?」
キャメルが慌ててパンダの方へ目を向けるが、三人は同時に首を振った。
「正体も掴めないし、仲間がどれだけいるかもわからない…もう少し泳がされているふりをして、探ろう」
不安そうな顔のキャメルを見て、沖矢は笑った。
「昼飯にしよう。この子達がさっきから日陰で休みたいってうるさいから」
園内にレストラン街と名付けられたフードコートがあり、様々なジャンルの出店があった。キャメルはジンを下ろしてしっかり手をつなぎ、何が食べたいか聞いてみた。
「アイスキャンディー」
「は?だめだよ」ジャックが不機嫌を露に口を挟む。「アイスキャンディーはご飯じゃないし、そもそもあんなの冷やして固めた砂糖の塊みたいなものだから、体に良くないに決まっているし」
「別にいいじゃねぇか」コナンが面倒くさそうにジャックを制する。「何でもいいなら早く座ろうぜ?」
「いや、だめだ。サクラが連れていってからは知らないが、俺と暮らしている時には食べるもの触るもの全部に気を遣ってたんだから。あ、丼ものあるじゃないか。あれにしよう」
ジャックが指した先は、ご飯ものを中心とする出店が並んでいた。肉の焼ける匂いやカレーの匂いがどこからともなく流れてきて、コナンとキャメルの胃袋を誘惑する。
「うまそー…俺、焼き肉丼にしようかな」
「あ、俺もそれを…沖矢さんとジャックは?」
「栄太郎、ね」ジャックは怒りにひきつる顔でキャメルを睨み付ける。「ここ来る前に決めたことくらい、覚えててほしいものだね」
「じゃあみんな焼き肉丼でいいか?」
沖矢が面倒そうに言い、買いに行ってくれた。残りの四人はジャンケンをし、負けたコナンが近くの自販機に人数分のお茶を買いに行く。
「飯食うにはじゃまくさいな、風船」
コナンの分も預かって両手の塞がったジャックが、顔をしかめる。
「椅子の足に引っ掻けられるようになってるぞ」
キャメルが椅子の足を指しながら教えると、ジャックは感心したように口笛を鳴らし、風船を椅子に預けた。
会計を済ませた沖矢と、お茶を五本抱えたコナンが戻ってきて、昼食ができるまでパンフレットを広げた。園内の地図が書いてあるものと、ハヤブサショーの案内が書いてあるものの、二枚だ。
「戦後からあるんだな、この動物園」
ジャックがどうでもいいことをつぶやいたが、誰も反応しなかった。
ハヤブサショーの会場がここで、俺たちのいる場所がここ…さっき風船配ってたのがここ…」
「まさか、ロンドンみたいに爆破したりしねぇだろうな、ゴブリンって奴ら」
「可能性は低いんじゃないかな…組織的に派手なパフォーマンスは嫌うから」
地図を覗き込んで怖い顔を突き合わせたが、わからないことが急にわかるはずもなく、焼き肉丼ができた。沖矢とキャメルで手分けして運び、昼食が始まる。
ジンはろくに食べず、特に肉を残して箸を置いた。アイスキャンディーが食べたくて胃袋を空けているのかとも考えたが、ジャックが否定する。
「元々食が細いんだ。ブラックといる時でもろくに食べない」
残りはキャメルがぺろりと平らげた。空になった容器を覗き込んで、ジンが指差す。
「何か書いてる」
容器の底に、帝都動物園に関するクイズがあった。どれもパンフレットを見れば答えが載っているような問題で、容器を捨てる前に係員か出店の人間に問題と答えを見せたら、記念品のコースターがもらえるのだ。
キャメルが問題を読んだ。
ハヤブサショーの二代目エースは、なんて名前だったかな?だって」
ジンが考え込むように空を見上げてしまったので、ジャックがハヤブサショーの案内を広げる。裏面に歴代のハヤブサたちの写真と名前が載っていた。
コナンも覗きこみ、二代目の名前を確認した。が、その時視線の端に捉えた名前に意識を奪われた。
「四代目のハヤブサの名前、ジンって書いてあるぞ」
コナンが指差し、沖矢やジャックも目の色を変えた。ジンだけが興味なさそうに頬杖を突きながら、問題の答えである二代目を指した。
「サム」
にっこりキャメルに笑って見せるジンの元へ、まるで待ち伏せていたかのようなタイミングで、太った係員が通りかかる。
「お、もしかして、クイズがわかったかい?」
四人が警戒し、空気がピリッと鋭くなる。ジンはしばらく係員の顔をじっと見た後、空容器の底とパンフレットに載っているサムを指した。
「正解だ!!おめでとう」
係員のポケットからコースターが出てくる。ライオンの写真がプリントされたものだった。彼はジンの頭を撫でながら続けた。
「ちなみにハヤブサの名前はね、この動物園の動物にエサを買うお金をくれる人たちがつけてきたんだよ。大体が自分の名前を付けたがるらしいけどね」
ジンは瞬きを二回、ゆっくりした後で、係員の顔をまたじっと見た。
「じゃあ、ゆっくり楽しむんだよ。あ、そうそう、今日だけのスペシャルイベント、未来ロッカーなんてものもあるから、よかったら見においで」
そのままその係員も去っていった。ジンが遠慮がちに手を振ったが、彼は小走りに行ってしまって、気づいてもないようだった。
コナンはにやりと口角を上げた。
「なるほど…そういうことか」
「何かわかったのか?」
「あぁ…わかったよ」コナンはジャックを見据え、頷いた。「あんたの可愛い一人息子が、こないだ死んだ資産家、サム・タカナシ・ジョリーの遺産相続人だってことがな」
「えええっ!?」と声を上げて驚いたのはキャメルだけだった。沖矢はクールなまま、ジャックは冷めた目でコナンを見ている。
「あのな、ジンは間違いなく俺の息子なんだぞ。俺はそんな胡散臭い資産家とつながりはない」
「あんたはな。サム・タカナシの血を引いていたのは、黒澤サクラの方だ」
「あの女が?」
ジャックはますます冷たい目になった。
「公表されてないから、愛人か何かの娘なんだろうがな。黒澤サクラが組織にいたのは、スポンサーとか間接的な形で父親が関わっていたからだろう。だからサム・タカナシは、スパイ活動中に生まれたジンの存在は知っていたはずだ。
ところで、日本ではあまり知られていなかったこの日系アメリカ人の資産家が、何で今回死んだ時には世界的ニュースになったかは、知っているか?」
ジャックもキャメルも首を振る。沖矢だけが、得意気に微笑んで見せた。
「莫大な遺産があるにも関わらず、彼の身内はみな死んでいるから…その遺産の行方について世界中が興味津々だ。
その上、サム・タカナシ・ジョリー氏の奇妙な遺言が話題を呼んでいる。我の遺産は全て孫に与える、と。彼は孫どころか、四人いた娘や息子も未成年の内に事故や病気で亡くしているから、孫などいないはずなのに…」
「なのに、遺言は有効とされた」コナンが引き継いで口を開く。「戸籍はなくとも、彼に孫がいることを証明する人間が多くいたんだろう」
「で?なんでそれがジンなんだよ?」
コナンはハヤブサショーの案内を持ち上げ、二代目サムを指す。
「このサムの名前をつけたのは、サム・タカナシ・ジョリーだろう…多額の寄付をして、最初は自分の名前をつけたんだ。そしてジンの名前をつけたのは、おそらく黒澤サクラ。三代目を空けたのは、ジンとサムの関係が孫と祖父であることを表す為だ。
ハヤブサの羽根をジンに置いていき、今日動物園に行くようメッセージを残した人物が誰かはわからないが、そいつはきっと日本人でなくて、ハヤブサと他の鳥が似ていると黒澤サクラが思ったことを知っているんだ」
ハヤブサと似てる鳥、か…」
沖矢がにやにやとキャメルを一瞥する。キャメルは恐る恐るといった様子で口を開いた。
「もしかして、鷹?」
「そう、鷹匠なんかが有名だから、外国人はこういうショーを鷹と勘違いすることが多いんだ。もしかしたら日本人でも見分けつかないって人は多いかもね」
「待て待て」ジャックはため息混じりに苦笑した。「まさかとは思うが、鷹じゃないハヤブサだから、鷹じゃなし、つまりタカナシってわけか?そんな子供騙しな暗号あるかよ?」
「子供騙しなんだよ…」
コナンはジンを見てから、ジャックの目をまっすぐに見つめた。
「だってこの暗号は元々、黒澤サクラがいつかジンと父親を会わせる時に、ここでジンに解かせる為のクイズだったんだから」
ジャックは咄嗟にジンを見た。首にかかっているネックレスが、寂しそうに沈黙を守っている。
「じゃあこのネックレスは、盗まれたデータでも何でもなくて、サクラがジンにクイズさせる時の為の、しょうもないヒントでしかないのかよ?」
「そういったらそれまでだが」沖矢が口を挟んだ。「もしそのヒントに、遺産相続のキーワードが隠されているとしたら、今ごろになってジンを追いかけ回す連中が増えても不思議じゃない」
「サム・タカナシ・ジョリーの遺産…日本円で見積もって30億近くとも言われているからな…ゴブリンが欲しがるのも無理はねぇよ」
「それなら何でジンに薬を?」ジャックの声が段々と荒くなる。「ジンさえ連れ出せれば、こんなことする必要なかっただろう?」
「たぶん交渉するつもりだったんだろ。解毒剤をやる代わりに、相続する上で必要な情報を聞き出そうと思って」
「相続する上で必要な情報?」
「ブラックが聞いてきただろ?サクラが殺された時の記憶が今のジンにあるか?て…あれはたぶん、サクラの遺言があるならそれが必要かもしれないってことだ。サム・タカナシの遺産を相続する為には条件を満たす必要があって、それはジンの髪の毛や血液でDNA鑑定を突破しても、知ってなくちゃ相続できない、もしくは答えなければならない問いがある、てところかな」
「じゃあ…ブラックも…あいつも金目当てで…」
ジャックはショックを隠しきれず、青ざめる。
「まぁ、だがまだネックレスのシリアルナンバーがある。確かめに行こうじゃないか、黒澤サクラがジンに遺したものを。キャメル、念のためジンは抱いておいてくれるか?」
「はい!!」
キャメルは言われた通りしっかりとジンを抱き上げ、赤い風船も忘れず持った。
帝都動物園の未来ロッカーは有名で、コナンもある程度は知っていた。夏休み中の一日だけ、しかもチケットに当たりの文字が出た人だけ受け付けてもらえる、要はタイムカプセルだ。帝都動物園が運営している限り思い出をしっかり管理します、というコマーシャルも一時期流れていた。預けた手紙や荷物を受けとるには預けた人の名前と暗証番号が必要で、それを言えば身分証明書などはいらない。
ネックレスの留め具に刻まれたシリアルナンバーは、暗証番号だったのだ。
未来ロッカーの受け付けにはまだそんなに人はいなかった。動物園を満喫してから思い出を預けに来る人が多いのだろう。ハヤブサショーが始まる直前の今は、係員も少なく、静かだった。
「受け取りに来たのですが」
沖矢が受け付けに行き、黒澤サクラの名前とシリアルナンバーを告げる。係員の女はにこにこ愛想よく頷き、確認にキーボードを叩く。
不意に彼女の顔が曇った。
「どうかしましたか?」
「あ…あの、このお荷物は、ついさっき、別の方が取りに来られてるみたいで…」
彼女は不安そうに眉を寄せた後、裏口から出てきた男性係員に声をかけた。
「あの、米田さーん…」彼女は沖矢の方を振り返り、早口で言った。「あ、今一緒に出てきた、あの人です。あの人が同じ荷物取りに来られたみたいですが」
男性係員の後ろからにこやかに出てきたのは、オールバックの男だ。
「ブラック!!!!!!!!!!!」
ジャックが叫ぶと彼もこちらに気がつき、にこやかな顔のまま近づいてくる。思わず数歩後退りするが、彼は沖矢にもコナンにもジャックにも気をとられることなく、まっすぐジンの方へ来た。
「やぁ、元気かい?」
ジンは怖がるように体を強張らせて、キャメルにしがみつく。キャメルはブラックから隠すように体をよじらせ、睨み付ける。
「俺のこと、忘れちゃったんだね?」
ブラックは寂しそうに笑う。
「ブラック、お前…」
ジャックが噛みつこうとしたところで、ブラックは得意気に、カセットテープが四本入った袋を見せた。
「お前たちもこれが欲しいんだろ?一足先に俺が貰ったわけだが、どうする?条件によっては譲ってやってもいいぞ」
「元はこの子のものだ」キャメルが吠えた。「母親も殺して、この子の人生も滅茶苦茶にして、どれだけ奪えば気が済むんだ!!」
「俺が奪ったのか?」ブラックはちらりとジャックを見た。「俺は、ジンを救済したつもりでいたんだけどな」
「ほざくな。お前は金目当てでサクラを殺してジンを奪ったんだろ。金目当てでないなら必要ないはずだからな、サクラの遺言なんて」
「だから譲ってやるよ」ブラックは目の前でカセットテープをゆらゆら揺らして見せた。「ジンと交換だ」
ジンがぎゅっとキャメルのジャケットを握りしめる。キャメルが頭を撫でると、懇願するような顔でじっと見つめ返してきた。
「大丈夫、君を渡したりしない」
ブラックは鼻を鳴らし、ケータイを取り出すような手つきで、ピストルを取り出した。
「まぁ、もらえないなら無理やり奪うまでなんだけど」
サイレンサーもなしに?」コナンも腕時計に手をかけながら、頃合いを見計らっている。「こんな日曜日の動物園で銃声なんてしたら、みんなびっくりして、すぐ警察が来ると思うけど?」
「みんなってどこにいるんだ?」
ブラックが周囲に目を向ける。未来ロッカーの受け付けだった女性係員も、男性係員もいつの間にか姿を消しており、コナン達の周囲には誰もいない。遠くからハヤブサショーが始まったと思われる喧騒が聞こえてくるだけだった。
「俺ならお前ら全員殺した後にさっさと逃げることもできるけど、どうする?そうなったらジンもカセットテープも俺の手に渡ることになるのだけど。ここで大人しくテープとジンを交換しておいた方が、そっちは残るものが多いんじゃないか?」
沖矢が少し足を動かしただけで、さっとピストルの向きを変える。偽物のジン・クロードを殺した時にも思ったが、このブラックという男はとにかく反射神経が鋭く、その上耳も鼻もいいのだろう。どんな小さな動向も見逃さないから、相手の攻撃をかわし、隙を見つけるのが上手い。遠距離から狙えば訳もないだろうが、接戦だと沖矢でも難しい相手だと言わざるを得ない。
「ふっ…」
沖矢が笑い、ブラックが眉をひそめる。
「いやね…どんな動物にも、天敵っているものだな、と」
「そこまで自分のジークンドーに自信があったのか?あか…」
ブラックがその名を口にしかけたところで、彼の神経が初めて背後の気配に反応し、振り返る。だがその時にはもう遅く、ブラックの横顔目掛けて蹴りが飛ばされた。
ジンがちらりと様子を窺った後、少し嬉しそうに顔を緩めた。
「羽根くれたおじさん」
「お前…」ジャックも、ブラックを蹴倒した男を見て、間抜けな顔をしていた。「な、何やってんだよ…」
彼はにっこり笑い、ジンからしたらおじさんかぁ、と残念そうに言った。