漆黒に染まった銀弾:5

クラウディオ・カーターがジョディの携帯電話に折り返してきたのは、依頼に来た日からちょうど一週間経った日曜日。ジョディは工藤邸におり、沖矢はもちろん、コナンと灰原もいた。
「Dr.カーター!?」
彼女が慌てて電話をとったので、沖矢がスピーカーに切り替えるよう指示する。
「あ、どなたか存じ上げませんが、メッセージを入れてくださっていたようで」
呑気な声である。その場にいる全員が脱力した。今から小五郎の探偵事務所に向かうところだというので、沖矢以外の三人で駅まで迎えに行った。
「小五郎おじさんは他の事件に呼ばれちゃったんだ」
コナンは車内でそう説明したが、もちろん小五郎は事務所にいる。今日も依頼がなく暇そうに競馬でも見ているだろう。
クラウディオは疑う素振りも見せず、にこにこと頷いた。
「有名な方だそうですね。仕方ありません。今日は息子のムービーをダビングして持ってきたんです。写真よりムービーの方がわかりやすいかと」
そういって持ち上げた紙袋には、大量のテープが入っていた。どうやら生まれた時のものから、生き別れになる直前まで、しょっちゅうビデオを回していたようだ。
「あの、Dr.カーター、わたしがメッセージを残したFBIなんですが…」
工藤邸に到着しジョディが切り出したが、クラウディオはすぐに首を振り、答えた。
「保護の件なら、お断りいたします」
「えっ…」
「わたしは、息子に会いたいだけですから」
穏やかな表情と口調だったが、他人に有無を言わせぬ何かがあった。ジョディは言葉を詰まらせたまま、ぞろぞろと工藤邸に入っていった。
ダビングしてきたムービーを早速見てみたが、何の特徴もないホームビデオだ。妙なのは妻である黒澤サクラが一切映らないことくらいだろうが、彼女は組織に所属していたから、自分の痕跡を残すことを嫌ったと思われる。
ジンは明るい子供ではなかった。物静かで、玩具より知識をほしがり、テレビゲームでなく方程式ばかりに夢中な地味な映像がひたすら流れる。科学者同士の子供だからだろうか。背は幼い頃から平均よりは高めで、手足は細い。着ている服から裕福な家の子供であることは明らかである。
「今の彼とは似ても似つかないわね…」
灰原がつぶやくので、コナンは苦笑した。
四歳の誕生日の映像が流れた時だった。クラウディオは息子に腕時計をプレゼントし、ビデオを回している妻に華奢なネックレスをプレゼントしていた。プラチナの、羽根をモチーフにした小さなトップの揺れるネックレスだ。
灰原がハッと息を呑んだ。
「あの、ネックレス」
「ジンがつけているものと同じだ」
沖矢が口早につぶやくのを、コナンも聞いた。あんなネックレスつけていたか?とジンを思い出そうとするが、いつもタートルネックを着用しているので、首もとは見たことがなかった。
「四歳の誕生日で、大人用の腕時計を送ったのですね」
ジョディが尋ねると、クラウディオは寂しそうに頷いた。
「わたしのものを欲しがったので、同じデザインのものをプレゼントしたのです。大人になってからつけてくれたらと思ったのですが、あの子はサクラに似て華奢だから、今でも手首のサイズは合わないのかもしれませんね」
いいながら、クラウディオは右手を上げて、年季の入った腕時計を見せた。確かにジンにプレゼントした腕時計と色ちがいの同じデザインである。
だが、コナンは不思議に思った。高級そうな造りであるにも関わらず、メーカー名もなければ、ベルトや時計盤の辺りにブランドそれぞれの特徴も見受けられない。さらには、本体は年季が入っているのに、時計盤のガラスだけずいぶん綺麗である。
最近、修理にでも出したのか…?ヨーロッパならオーダーメードの時計も珍しくはないが。
それに依頼に来たときはあんなに申し訳なさそうで、息子のことなら何でも知りたいとアンテナを張りまくっているような雰囲気があったのに、今日はFBIの前でずいぶん落ち着いている。そう、まるで…
「最初は生死もわからない息子が生きていることを知りたがっている感じだったが、今はまるで生きていることはわかっているみたいだ…」
コナンが灰原に耳打ちすると、彼女も神妙に頷いた。
「組織が関わっているニュースをスクラップしていたところを見ると、きっと組織の人間が彼を誘拐したことは最初からわかっていたのね。問題は数々の事件の被害者か加害者か…この一週間の間に、ジンが組織の人間として生存していることを、誰か彼に話したのかも」
「クラウディオさんに接触し、それを話した可能性が高いのは…」
「ブラック」
「あぁ…息子が生きていることを教えて、信頼させて近づけば、殺すチャンスはいくらでもあるだろうな。さらにクラウディオさんは多方面から情報を募っている。その関連で近づいてくる人間は他にもたくさんいるだろうし、ブラックが彼を殺したところで、その内の誰かが疑われるだけ…」
「ジンに会わせないまま殺すつもりなのね」
ブラックが彼に接触したとしたら、息子と同じ組織の人間だと打ち明けている可能性も高い。クラウディオがFBIの保護を断ったのもそのせいだろう。FBIに身の回りをうろつかれては、もう二度とその男が接触してこない可能性もあるし、もしかしたら既にジンに会わせてやると日時を約束しているのかもしれない。
やべーぞ…ここでクラウディオさんが殺されちまったら、また組織への手掛かりがなくなっちまう。
「ねぇクラウディオさん!!日本にはいつから来ているの?」
コナンが急に子供らしく尋ねるものだから、灰原は少し驚いた。ジョディたちも何を言うつもりなのかと、期待を込めて注目している。
「毛利さんの噂を聞いてから日本でも探そうと思ったから、依頼に行った一ヶ月前くらいだよ。帝都ホテルに泊まっているんだ」
「へぇー、じゃあ浅草とか日本橋とか行った?」
「いいや、どうして?」
「あそこは外国人の観光客がたくさんいて、すっごく人気なんだよ!!息子さんすぐに見つかりそうにないし…僕らで案内してあげるよ!!きっとクラウディオさんも楽しいよ」
クラウディオは苦笑しながらも優しい顔つきで、それならお願いしようかな、と言った。
クラウディオにブラックが接触したなら、彼が逃げないようその行動は逐一観察しているはずだ。FBIでなく付きまとっているのが子供なら、警戒せず尾行にくるかもしれない。今後コナンたちにとっても脅威となりそうなその男を、自分達の目で確認しておきたかった。