漆黒に染まった銀弾:16

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浅草の事件からあっという間に月日は流れてしまい、コナン達は夏休みに入ってしまった。インターネット上でもクラウディオ・カーターの存在は全て消去され、黒澤サクラの惨たらしい事件に関する内容も全て消されていた。ジンの生死を確認することもできず、ブラック達がコナン達の周りをうろつくこともなく、不気味なくらい平穏な毎日が続いている。
「だが、ジャックがいる…俺らがこうしてる間にも、奴が息を潜めて銃口を向けてるかもしれねぇ…なのに」
「あ、コナン君、サンドイッチ食べる?」
送迎バスの座席で声を潜めるコナンと灰原に、蘭が笑顔でバスケットを見せた。卵やハムやレタス…今朝やけに早起きしてると思ったら、これを作っていたのか。
「わぁーい!!ありがとう!お腹ぺこぺこだったんだ」
コナンは無邪気に二つ取りだし、ひとつを灰原に手渡した。彼女は窓枠に頬杖つきながら、トマトとレタスの入ったサンドイッチを一口…
「なのに私たち、何してるのかしらね…」
「はは…情けねぇや…」
最初に言い出したのは歩美だった。小学校で配られたイベント一覧表に、学生を対象にした体験合宿の案内があったのだ。近隣の町にすむ学生たちでバーベキューやキャンプファイアを楽しみ交流を深めることが目的で、山羊の餌やりや釣りや川遊びなど、レジャー体験も豊富に揃えているというものだ。
阿笠博士に連れてってもらおうよ!!みんなで行ったら絶対楽しいし、新しいお友だちもできるかもよ!!」
もちろん、コナンと灰原はそんな気分ではなかった。消息を絶ったジンや、どこをうろついてるかわからないジャックのことで、精神がすり減っていたのだ。
「わたし焼けるの嫌だからパス」
「俺も…おっちゃんが同意書サインしてくれるか、わかんねぇーし」
その時はその時で、話は中断された。だが後日、全く同じ案内プリントを持ってきて、園子が遊びに来たのである。
「蘭!!これ行こうよ!!ここよく見て、テニスやバスケは近くの大学生がコーチします、ですって!!スポーツイケメンと交流を深めるチャンスよ~」
「もう、またそんなこと言って!!本当に京極さんに言いつけるよ?」
蘭も夏休みに家の掃除をしたいと言っていたので、まさか行くとは言わないだろうと考えていたのだが、園子は引かなかった。
「そういやあのガキんちょどもも行きたいって言ってたわよ。ちょうどさっきそこで会ってね…でも、コナン君は断ったそうよ」
「え?」蘭がこちらへ目を向けた。「どうして?キャンプとか好きなのに」
キャンプ好きなのはあいつらだけどな…
園子はにやりと悪巧みの顔になり、胸の前で両手を組み、目を潤ませた。
「夏休みは家の手伝いしなきゃいけないから、同意書のサインもらえないって…あぁ、可哀想に。せっかくの夏休みだってのに、蘭が掃除をしたいなんて言うからわガキんちょまで気を遣って」
「そうなの?コナン君」
もちろん否定した。が、もうそうなってはいくら否定しても信じてもらえず、夏休み入る前日に、蘭がもったいぶってサイン済みのプリントを出したのだ。
「コナン君、ジャンジャジャーン!!」
「え、蘭姉ちゃん…行かないんじゃ…」
「何言ってるの、せっかくの夏休みじゃない!!博士も行くって言ってたし、わたしと園子は同意書のサインだけで、保護者同伴は必要ないらしいし…問い合わせたら、わたしがコナン君の保護者ってことでもいいって♪よかったね!!」
「あ…うん…や、やったぁ…」
というわけで、今に至る。帝丹小学校に送迎バスが来て、山の方へ山の方へ向かっている最中である。
「どんなところかなぁ?楽しみだね!!」
コナンの左隣に座る歩美が、甲高い声ではしゃいでいる。どんなところって…あれだけ外遊びを推奨してるんだから、とんでもない山の中に決まっている。
「着いたら最初にサッカーしようぜ」
「元太くん、だーめ!!最初は山羊さん見に行くんだから!!」
「僕はカヌーやりたいです!!!」
三人はリュックを膝の上に乗せて、パンフレットだけで十分楽しそうだった。
「あんたら静かにしなさいよー!!他の人に迷惑でしょうがっ」
蘭と前の席に座る園子が振り返り、叱咤する。三人は興奮冷めやらぬまま、はーい!と元気よく返事をした。だから静かにしろって…。
到着した場所は案の定山の中だったが、思っていたより綺麗に整備され、清潔感のある施設だった。体が大きすぎて補助席に座れず、別のバスで来ていた阿笠博士も合流し、受け付けに名前と所属学校の名前を記入する。ランダムに大部屋に入れられるようだったが、男と女で分けられただけで、バラバラの部屋にされるようなことはなかった。
「よかったね、哀ちゃん!!蘭お姉さんたちもお部屋一緒だよ!!」
「バカね…人見知りの子もいるのに、本当にランダムにするわけないでしょ」
開会式という名の参加者の人数確認が始まり、施設の案内とレジャー施設の案内、各施設のコンシェルジュが紹介された後で、バスへ荷物を取りに行き、各部屋に運び込む段取りになった。
そこでやけに女子高生が集まってる一角を、園子が見つけた。
「え、なになに!?もしかしてイケメンがいるのかしら」
蘭の手を引っ張り走っていくので、子供たちも好奇心に負けて付いていき、仕方なくコナン達も倣った。
コナンと灰原の顔色が変わる。
「どこの町から来たの?小学校どこ?」
「ねぇ誰と来たの?」
「よかったらこの後のカレー、わたしらのグループと作ろうよ」
女子高生たちに囲まれ黄色い声援で耳が痛そうにしているのは、銀髪の少年だった。煩わしそうに聞こえないふりをするが、囲まれているので前に進めず、苛立っている様子である。
「やだー!!超かわいい!!ハーフかしら!?」
園子も一目見て気に入ったようだった。コナンと灰原はそっと群衆から離れて、困惑した間抜けな顔をお互いに見せ合った。
「あれ…もしかしてジンじゃねぇの?」
「で、でも、彼がこんなのに参加するかしら」
「いや…だって実際いるじゃねぇか。そうそういねぇよあんな髪の奴」
銀髪の少年は意固地に黙ったまま、大きなショルダーバッグを強く握り、不機嫌そうに眉間に皺を寄せている。