漆黒に染まった銀弾:18

「おいしい?ジャック君」
蘭が微笑みかけると、なんとも無愛想な顔のまま、ジャックは頷く。渋々食べているような態度だが、それにしては元太とそう変わらない量をむしゃむしゃ食べている。
「おめぇ、食わせてもらってるんだから、ちょっとは遠慮しろよな」
さすがに自分のお代わり分を心配した元太が叱咤すると、彼は青い瞳をちらりと彼に向けて、素直にごめんと言った。
「お腹空いていたから…これで最後にする」
「いいのよいいのよ」ジャックの口元を拭ってあげながら、園子は元太を睨み付けた。「あの子はちょっと痩せないといけないんだから」
「でも…結構食べたし」
確かに多目に作ったカレーはもう底が見えており、わずかに残ったそれを元太が懸命にかき集めているところである。
「もしかしたら余ってる班もあるかもしれないよ?お姉ちゃんたちでもらってこようか?」
「いい、いいよ」ジャックは蘭の提案に首を降りながら、スプーンを握る。「お前が行ってこいよ剱崎。元々はお前の失態だろう」
「何で?ジャックがここでご馳走さましたら済む話じゃないか。太るぞ」
「子供は代謝がいいんだよ。万年運動不足のお前と一緒にするな」
「もー、ああ言えばこう言う…」
剱崎が不満そうに口を尖らせるのを遠目に見ながら、灰原はコナンに耳打ちした。
「ジンじゃないわ…」
「俺もだんだんそんな気がしてきてたんだ。あの剱崎ってのが何者かわからねぇ内は油断禁物だが…」
「でも、ジンではないわ」灰原はやけに自信があった。「彼はあんなに食べられないのよ」
「彼って…ジン?わからねぇじゃねぇか…子供の内めちゃくちゃ食ってた奴が、大人になってから食わなくなるってこともあるだろ」
「いいえ、彼は食べない。小さな頃からブラックに育てられて、組織にいるから、いつ何時も身軽に動けるよう教育されているのよ。最小限の食事で栄養を効率よく取り入れるのが癖で、あんなにカレーだけをむしゃむしゃ食べたりはしない…できない、て言った方が近いわね」
ジンじゃないとわかって多少緊張が解けたのか、灰原は少しだけ口角を上げて笑った。
剱崎が片手をポケットに、もう片方の手で空の皿を持って、カレーくださーい、カレーくださーい、と何とも気だるそうに歩いて行くと、どこからか黒髪の女の子がコナン達のテーブルに駆け寄ってきた。
「ね、ねぇ!!栄太郎くんだよね!?」
ジャックに向かって、頬を赤らめながらそう言った。ジャックはスプーンをくわえたまま、彼女を見てギョッと目を見開いたが、すぐに困った顔をした。
「えーと…ごめん、人違いかな。僕は君を知らないしぃ…」
「嘘!!栄太郎くんだよ絶対!!だってそんなにご飯食べる子他にいないし、その目、わたし覚えてるもん!!珠理のこと覚えてない?」
珠理と名乗った女の子は、目にたっぷりの涙を浮かべた。ジャックが慌てて彼女に何か言おうとしたところで、剱崎が戻ってきた。
「申し訳ないが人違いだよ、お嬢ちゃん…その栄太郎くんは、こんな派手な髪の毛じゃなかっただろう?」
「そうだけど…」珠理の目から大粒の涙が流れた。「栄太郎くんだと思って…ごめんなさい。これ、栄太郎くんじゃなくて悲しいけど、あげる…」
彼女はカレーの載ったお皿を差し出し、しくしくと泣き出した。ジャックは困りながらも素直に皿を受け取り、すぐに食べ始めた。この行動には剱崎も顔をひきつらせている。
「ねぇ珠理ちゃん…あっちでお喋りしない?せっかくだし」
歩美が優しく声をかけ、コナンや灰原のいるところへ彼女を連れてきた。
ナイスだ歩美ちゃん!!
コナンはすぐに珠理にハンカチを渡した。
「さっき言ってた栄太郎くんって?」
珠理はハンカチで涙を拭いながら、話し始めた。
「去年、珠理と同じクラスだった男の子だよ。とっても頭がよくて、学校で起きた困り事なんかをすぐ解決してくれたの…あの子みたいに給食いっぱい食べる子で、目が青い子…」
「すぐ解決してくれるって、コナン君みたいだね」
歩美が楽しそうに声をあげ、灰原がそうねと微笑む。
「それで、その栄太郎くんは、今も同じクラスなの?」
コナンが尋ねると、彼女の目から再び涙がぽろぽろ零れた。
「それが…二年生に進級する時に、急に転校していなくなっちゃって」
珠理がしゃくりあげながら、栄太郎という少年のことを話した。
珠理のクラスに転校してきたという栄太郎は、髪も瞳も黒く、背は高いが日本人だったという。他の男の子より落ち着いていて、バスケが得意。隣のクラスの金魚がいなくなり、先生達も困り果てていたのに、栄太郎がすぐに解決したのをきっかけに、みんな彼に一目置くようになった。
珠理は家が近かったこともあり、栄太郎が何か事件に当たった時には、いつも積極的に付いていったのだという。それだけでなく、彼の両親はいつも仕事でいなかったので、珠理の母親が心配して、おかずをよく届けさせていたようだ。
一緒にある事件を調査しているところで、用具の下敷きになりそうだった珠理を助けてくれた際に、目が青くなったのを見たのだという。
「びっくりしたけど、綺麗だったよ。栄太郎くんが慌てて、このことは誰にも言わないで、虐められたらいけないから、て言ったから言わなかったけど、目が青くても誰も栄太郎くんのこと苛めたりしなかったと思うなぁ」
珠理の頬がピンク色になる。灰原と歩美はにやにやと笑みを広げた。
「好きだったのね、その栄太郎くんって子のこと…」
「うん、大好き!!」珠理は目を輝かせたが、その光はすぐ弱くなった。「お嫁さんにしてって言ったんだけど…もう嫁は勘弁してくれって…」
「もう勘弁してくれ?」コナンは苦笑いを浮かべた。「まるで過去に奥さんに逃げられたことあるような口ぶりだな…」
「二年生になる前の春休み、いつもと同じようにご飯届けに行ったら、もうその家は空き家になっちゃってて…先生に聞いたら、栄太郎くんは治療の関係で学校変わっちゃったんだって」
「治療?」灰原が眉をひそめる。「その子、病気だったの?」
「うん…学校に来てる時はそうでもないけど、体が弱くて、よく学校お休みしていたよ。授業中に、アイタタタって胸のところ痛がって、早退することも多かったの」
「早退する時、誰が迎えに来たの?お父さんとお母さんはいつもいなかったんだろ?」
コナンが怖い顔で迫るので、珠理は少し怖がりながら首を振った。
「ひとりで帰ってたと思う…わかんない。保健室にこっそり様子見に行ったりしたこともあるけど、いつも帰った後だったから…」
そこまで言って、彼女は、あ、と漏らす。
「でも親戚のお兄さんなら何度か見たことあるよ!!背が高くて、俳優さんみたいにかっこいいの!!」
「えっ!?なになに!?なんの話?あたしも混ぜてーっ」
俳優さんみたいにかっこいい、の部分だけ耳に入ったらしい園子が、興奮丸出しで割り込んできた。
「本当にかっこいいんだよ、栄太郎くんの親戚のお兄さん!!!いつも裏口で煙草吸っていてね、こんばんはって声かけたら、優しそうに笑って手を振ってくれたの。栄太郎くんと一緒に見かけたことはないけど、栄太郎くんに後から聞いたら親戚だって言ってた」
「そのお兄さんと話したことある?」コナンはにやりと笑った。「例えばさ…そのお兄さんの、かわいいかわいい息子の話とか…」
「あ、うん…聞いたことあるよ。息子のお誕生日だから今から送るんだって、赤い水玉の薔薇を持ってた時もあったよ。珠理もお花好きだから匂いをかがせてって言ったけど、急いでるからごめんね、て行っちゃった。別の日に、こないだはごめんね、て珠理の家の前に白い薔薇を置いてってくれたの」
素敵な人だね、と歩美は楽しそうに聞いているが、無理やり割り込んできた園子はがっかりしたように溜め息を吐き、さっさとその場から離れた。
灰原がコナンの裾を引っ張る。
「ねぇ、まさか、彼…」
「あぁ、俺の勘が正しければ」
ちらりと目を向けると、ジャックと剱崎もこちらを見て微笑んでいる。カレーはもう平らげたようだった。珠理も振り返って見ると、ジャックは慌てて俯き、顔を逸らした。